著・前田みや 雑記帳
<ORACLE>には金がなかった。赤字財政一直線だった。
「それもこれもそれもこれも!」
ぴしぃっと、指さし確認されたオラトリオはえ、俺?ときょろきょろあたりを見回す。
「お、俺が何かやったんですかい?」
自覚のない金食い虫に<ORACLE>職員たちはふううーっとため息をついた。
「オーラートーリーオーーー? あんたのメンテにどれだけ金がかかるか知ってる?」
いつもの特撮お姉さんふうの笑顔はどこへやら、<ORACLE>ツアー案内お姉さんがすごんだ。
どっかの守護者の制作費ももちろん莫大な額の借金になっているが、まあそれはオラトリオには責任はない。だが、起動後の無茶な行動によるメンテやら修理やらカウンセラー(みのるさんは高いよ〜♪と笑う改造魔人のせいで、普通のカウンセラー料の10倍になっていたり)代はぜえええええんぶ、オラトリオのせい。一生懸命、客…じゃない、登録企業を増やしてお金をかせいでもオラトリオのせいでどんどん消えていく。
「思ったより、加入者が増えないしねえ……」
再び<ORACLE>職員たちはため息をついた。
「そこで、よ」
いつもの習性でついつい説明係りを引き受けてしまうツアーお姉さんがオラトリオに書類を突きつける。
「オラクルとオラトリオにはこの際、しっかりと稼いでもらうことにしましたっ!」
ぱちぱちぱちと意味なく拍手の音が上がる。その音にオラトリオはぽかんと開けた口を閉じた。
「な、な、な、な、なんですか、これーー!?」
「いろいろあるのよ、大人の世界には」
ぽんと肩を叩かれても。
書類にはでかでかと『オラクルアイドル化計画』なんて文字が書かれていたのだった。
「一応、名目上は広報係ね」
ツアーお姉さんが説明する。オラクルツアーだけじゃたりねーんですかとぶーたれるオラトリオのことは無視。
「テレビやラジオやネットで財団法人<ORACLE>のことを宣伝してきてもらうってことにするわ。<ORACLE>テーマ曲なんかも今依頼中だから、それを歌って……。目指せ、オリコン1位、目指せ紅白よ!」
紅白って、どこの国の話ですか。
「で、で、で、でも……? オラクルには<ORACLE>の仕事が……」
「客が居なくて開店休業状態じゃない」
オラトリオの指摘にもピシッと言い返される。
「でもですねえ、ハッカーは……」
「重要データだってほとんどアトランダム関係じゃない。あそこのセキュリティは万全だから、しばらく預かってもらうことになったわ」
ああ、預かり賃……ツアーお姉さんは計算機を握りしめて涙する。
「俺はオラクルを見世物にするようなまねは………」
しつこく言うオラトリオにツアーお姉さんはきっとした目を向けた。
「しかたないじゃない! アトランダムの総帥ったら、あんたの作った借金をねたに脅しをかけてきてるんだから。1年以内に払わないと、オラクルはあの妖怪爺んとこに連れてかれちゃうのよ!? それでもいいの?」
だいたい登録する企業が増えないのも、裏であの爺が手を回しているせいなのよ。そうやって<ORACLE>を借金地獄に追い落とし、オラクルのことを………。ツアーお姉さんは泣き崩れた。
「さあ、オラトリオ、それでもいいの?」
泣きながらじろっと睨む。オラトリオは首を振った。
「んなわけないですぜっ! こうなったら、業界トップクラスのアイドルになって、借金もバンバン返しましょう! そうすりゃいいんですね!?」
人前に出ることに脅えるオラクルには可哀想だし、きっと鰻上りに膨れあがるライバル数も気にかかるがこの際仕方ない。妖怪爺の玩具にされるより、世界のアイドルになったほうがまだましだ。
「やりましょう!」
オラトリオの力強い声に、ツアーお姉さんはうなずいた。
「わ、私が人前に……?」
聞いただけでオラクルは青ざめた。オラクルツアーの時に姿を見せるだけでも恐ろしいのに、テレビやラジオ? それも<ORACLE>のコンピュータールームだけではない。特製ホロジェクターを使って、世界各国(?)回るのだ。
「や、やだ………」
脅えて泣き出したオラクルをオラトリオはそっと抱きしめる。
「俺だって嫌だぜ。お前を……俺以外のやつらに見せるなんて。でも、そうしないと俺とお前は引き離されちまうんだ」
そのほうが嫌だ。言うとオラクルがぎゅっとしがみつく。
「嫌……。オラトリオと離れるなんて絶対に嫌」
「なら頑張れるよな?」
優しく言うと、オラクルはふるふる震えながら、うんとうなずいた。
「そうすればオラトリオと一緒にいられるんでしょう?」
「ああ、この仕事の間はずっと一緒だしな」
オラクルの顔がぱあっと明るくなった。
「本当? オラトリオ、ずっとそばにいてくれるの?」
嬉しい。微笑うオラクルにオラトリオもにっと笑い返す。確かにこれは役得だ。毎日毎日監査の仕事であっちこっちたらいまわしにされている現状では大事なオラクルの顔もろくろく見られない。それが、毎日、一緒にいて仕事できるのだ。オラトリオも嬉しい。
「大丈夫だ。俺と一緒なんだから、借金だってすぐ返せれるさ」
ほんのちょっとの間だけだ。オラトリオの言葉にオラクルは小さくうなずいた。
だが、現実はそうそう甘くないのだった。
「オラクル〜♪」
借金を返したらすぐにもとの静かな生活に戻る、その筈だったのに売れっ子アイドルユニット<ORACLE>となった今ではなかなか引退は難しい。
「オラクル、こっち向いて〜!」
今日も今日とて、楽屋裏からこっそり出ようとしたのにファンの一団体が待ち構えている始末だ。
「あー、オラトリオは邪魔、邪魔! オラクルと写真撮るんだからどいててよ」
なんて邪険にもされる。とはいってもオラクルの携帯ホログラムプロジェクター(携帯といってもとってもとってもでかい)と背中にしょっているのはオラトリオなのだから、どけるわけもなし。
「や、やだ……」
毎度、人込みに脅えてオラクルはシュンっとCGを消してしまう(なら最初っからひっ込んでなさいって突っ込みはなしにしてくださひ)。
「あー、オラクルはーーー!? ったく、オラトリオが隠したんだろう!」
オラトリオは残ったオラクルファンに詰め寄られる羽目になった。しかし、これも既に日常。
べ、別にいいのさ。大量ファンがつくのはオラクルだけで、ユニットといってもオラトリオはオラクルのホロジェクター担ぎ屋としてしか見られてなくてもいいのさっ。……ちょっと悔しいけど、愛しい恋人がこんなにファンを作るのもちょっと嬉しい。これだけもてもてのオラクルが好きでいてくれるのは俺だけなんだよーーーん。何も知らないオラクルファンたちに言ってみたくもなる。
だからライバルが増えるのも何もかも我慢してるけど……………でもやっぱり二人きりの静かな生活に戻りたかったり。
数ヵ月後、アイドル生活の忙しさにオラクルツアーも中止、可愛いオラクルに会えなくなった某アトランダム総帥がアイドル辞めさせなきゃ今後一切オラトリオのメンテも修理も行わない、なんて言い出した時には、妖怪爺にひたすら感謝したオラトリオだった。
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