著・前田みや 「あのね」 大事な大事な被保護者がにっこり笑った。 「今日ちょっと……………だから、<ORACLE>の業務見ててくれる?」 なにやらもごもご言った部分が聞き取れなくてオラトリオは聞き返した。 「俺がカウンター入っているのはいいけどさ、何の用だって?」 またシグナルと馬鹿な遊びでもするのだろうか。それともエモーションとか? そう思ったのに、 「あのね、今日、コードとデートなんだ♪」 オラクルの言葉はオラトリオの胸にぐさりと突き刺さった。フォントサイズ1くらいの小声でこっそり言われたはずなのに、オラトリオの耳にはフォントサイズ15くらいで聞こえた。冗談だろうと恐る恐る振り返ってみると、オラクルはにこにこ笑っていて、あぁ、やっぱり冗談なんだ! ここは笑うべき? オラトリオは引きつった笑みを浮かべてみせようとした。 「や、やっぱりオラトリオには言っといた方がいいんだよね。その、オラトリオはわたしの守護者なんだから」 冗談ということにしておこうと努力しているオラトリオをよそに、オラクルは真っ赤になって説明する。 「あのね、あの………こ、コードと私、『結婚を前提としたお付き合い』ってものを始めたんだ」 ロボットとプログラムの間で、いやその以前に男性形同士で結婚を前提にしたもあったもんじゃないけれど、そこはそれ、オラクルだった。撃沈しているオラトリオにも気づかない。 「オラトリオは私の守護者だから、いずれきちんと挨拶に行くってコード言ってたけど、でも、私から話しちゃってもいいよね? えっと、駄目だった?」 カウンターに突っ伏しているオラトリオの姿を誤解して首をかしげる。オラトリオがどうしてショックを受けているかなんて、まったくわかっていない。 「私も『結婚を前提にしたお付き合い』なんて初めてでどうしたらいいのかわからなくって………」 慌てて言い訳する姿は可愛い。オラトリオはだだーと目から涙を滝のように流した。こんな可愛いオラクルが他人のものだなんて……。守護者がオラクルに手を出す気かと師匠に脅されてじっと我慢の子をしていたのがまずかった。まさか人をあれだけ思いっきり牽制しておいて、自分がちゃっかりオラクルに手を出しているとは………! やっぱり自分はひよっ子なんだな〜、なんて納得している場合ではない! 「オラクル!」 オラトリオは立ち直ってオラクルの手を取った。きょとんとしているオラクルの目をじっと見詰める。 「俺、俺はおまえのことが好きなんだ。だから………」 他の男のもんなんかになるな。言いかけるとオラクルはにっこり笑った。 「『娘を男に取られる父親の心境』ってやつなんだろう? コードがオラトリオは絶対そう言うって言ってた」 私はオラトリオの娘じゃないから違うと思ってたけど、やっぱり言ったー、すごいな、コードは。感心しているオラクルにオラトリオは再び撃沈した。 とりあえず、その場は引き下がることしかできなかった。何を言おうが、オラトリオの言動を想定したコードによって、本来の意図とは180度違った解釈の仕方をオラクルは伝授されている。オラトリオの告白は空振りに終わらざるをえない。 絶対絶対師匠が思いつかないようなことをしてオラクルに告ってやる! オラトリオ、決心だけは立派。実行が伴えばいいのだが。 それはさておき、デートの時間がやってきた。 オラクルが<ORACLE>から出られるわけはないので、コードがやってきて<ORACLE>内でデート。そういう約束になっているらしい。 ………通い婚? ついついそんな連想をしてしまってオラトリオはぶるぶるっと首を振った。んなことになる前にオラクル奪取をしなければ!! 思いつつ、デートの邪魔になるからカウンター内での仕事に集中して、壁のふりをしておれと細雪で釘を刺され、素直に従うしかない自分が悲しい。 もちろん仕事に集中なんてできるわけがない。ちらちらちらっと二人の様子をうかがうと、オラクルは微笑っていた。お、俺にはあんなに優しい笑顔見せてくれねーのに。どどーんと落ち込む。 おまけに二人は広いソファーなのに非常に密着して座り、デートの定番、ソフトクリームを二人で舐めあうなんてやっている。ばきっと、持っていたペンが折れる音がした。 こ、これはもう………邪魔するしかない。 オラトリオは必要な資料を取りに行くふりをしてさりげなくソファーにぶつかった。なんといっても210センチがぶつかるのだからソファーはぐらぐらゆれた。 「わ……」 上手くコードが落ちてくれないかと思ったのだが、バランスを崩してソファーから落ちかけたのはオラクルだった。 「大丈夫か」 咄嗟にソフトクリームを消し、コードがオラクルを支える。そのままさりげなく寝技に持ち込むのはさすが師匠。オラトリオは感心しかけて青ざめた。 「し、し、ししししししししし師匠ーーーーー!?」 ソファの上に押さえ込まれたオラクルはまったくわかっていない。きょとんとコードとオラトリオを見上げている。 「師匠! なにやってんすか!!!」 オラクルの代わりに必死に抵抗(?)するオラトリオをコードは鼻で笑った。 「オラクルにはまだ早いかと思って我慢していたのだが、さっさと夜の付き合いに進めと後押ししてくれる『守護者』がいたからな。……………いいか? オラクル」 それでも一応、オラトリオには絶対向けない優しい口調でオラクルの確認を取る。オラクルは首をかしげながらも頷いた。 「コードは私に悪いことなんてしないと思うから、いいよ」 まったくわかっていないオラクルを護るのはオラトリオの義務ってもんじゃなかろうか。 「オラクルオラクルオラクル! いいか、守護者としてじゃなくって保護者としてでもなくって、もちろん父親としてでもないぞ。世間一般的な事実として言うんだからな!! 師匠がしようとしているのはすっげーーーーー痛くて、辛くて、嫌なことなんだぞ。気持ちいいのは師匠だけなんだからな。おまえ、師匠に玩具にされようとしてるんだぞ」 途中からぎりぎりとコードが唇をかみ締めるのが聞こえるような気がした。オラクルを押さえ込んでいなければ、細雪を抜き払っていたことだろう。 「ほ、ほんと?」 オラトリオの脅しにオラクルが青ざめる。 「で…も…」 コードを疑うこともできず、チラッと二人の顔を窺う。 「オラクル。確かに最初は辛いかもしれん。だが、これは結婚を前提とした付き合いの間柄なら誰でもすることであるし、辛いのは最初だけだ。ちょっとだけ我慢していろ」 コードは重々しく言い放った。今更やめるつもりは欠片もないらしい。 「オラクル、騙されるな!! 本当に痛くて痛くて痛いんだぞ。師匠のテクニックなんかで気持ちよくなんてならね〜って」 オラトリオも必死である。 プツンとコードの堪忍袋の緒が切れた。 「まだ言うかーーー! おまえもオラクルに同じ事をしようと思っていたくせに………。いや、わかった」 オラクルの上からどき、ゆらりと立ち上がる。 「俺様とてオラクルに無理強いなどしたくない。おまえがオラクルの代わりになれ。オラクル、こいつが気持ちよくなればおまえも安心して俺様と寝ることができるな? いいな!?」 問答無用。オラクルはおずおずと頷いた。一方迫られたオラトリオは。 「冗談じゃないっす!」 今までよりさらに青ざめていた。 「絶対お断りです!」 あとずさって、ぶんぶんと首を振る。コードはにやっと笑った。 「しかし、そうでもしなければ、俺様のテクニックが上手いかどうかわからんだろう?」 「上手ですっ! なんといっても師匠ですから!!」 オラトリオは自分の発言の結果を考えることなく叫んだ。 「なら、オラクル相手でも大丈夫だな」 さっきまでの勢いはどこにいったやら、コードは淡々と言い切ると、くるっと向きを変え、再びオラクルにのしかかる。 「え? やっぱりやだ……!」 オラトリオがあそこまで嫌がるんだから、言う通り痛いことらしいと悟ったオラクルが脅えて目に涙を浮かべた。だが、それで今更コードが止まるわけもなく。 「いや……ぁ……」 呆然と見守るオラトリオの目の前で、コードは嫌がるオラクルを無理やり……………。 「ふむ…、思ったとおり嫌がる姿ってのもそそりますねえ………。でもあれ、どう見ても強姦ですよね。助けなくていいんですか?」 「な、な、な……クオータ、おまえ!?」 いつの間に入ってきた!! 本当に何時の間にか隣でコードとオラクルの営みを見物していたクオータにオラトリオが怒鳴った。 「あなたが呆然としている間にですよ。まったく、ああいうときは身を呈してでもオラクルの貞操を護るのが守護者の役目でしょう」 なんて言うからにはどこから見物していたものか。オラトリオは引きつった。 「あ、そうそう」 クオータはぽんと手を叩いた。 「私、オラクルと愛人関係になりましたからこれからよろしくお願いしますね」 「ななななななんだってっ!」 オラトリオの頭は飽和状態だった。もはやまともな反応が返せない。さっきからどもってばっかりいる気がする。 「お付き合いをお願いしたら、コードと結婚を前提にした付き合いをしていると言われましてね。なら、浮気相手で結構ですからといったら快く承諾してくれましたよ」 ………快くも何もない。オラクルは絶対に意味がわかっていなかったのだ。こんなことなら、自分も浮気相手に立候補すればよかった。いや、オラクルのことだから、『付き合い』の名前を変えれば『付き合って』くれるだろう。 うーん、なにがいいものか。好みとしてはご主人様とメイドさんとか♪ ペットと飼い主とか♪ 既に目の前の強姦場面は目に入っていない。 ……………こんなことを考えている守護者で<ORACLE>本当ーに大丈夫か?
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