「今日は、大きくなったら何になりたいか、それをお絵描きしましょうね」 保母の言葉に、園児たちは一斉に「はーい」と答えた。 大きくなったら何になる? 女の子の定番は「花嫁さん」だ。時代が変わっても、なりたいものの上位を保ち続けている。 男の子はスポーツ選手か、消防士や電車の運転手のような、制服を着る職業が多い。恐らく、判り易いからだろう。 中には「怪獣」だとか、「電車」__運転手では無く__などを描く子もいる。子供の想像力は、大人のそれよりずっと自由なのだ。 サッカー選手、野球選手、それとも…… オラトリオは迷っていた。なりたいものが沢山ありすぎて、一つに決められないのだ。強くてカッコ良いものなら何でも良い。 おまわりさん。自衛隊の人。でも戦争は良くない事だって、お父さんが…… 「オラトリオ」 一生懸命悩んでいるオラトリオが呼ばれて振り向くと、従兄弟のオラクルだった。 同い年で、家が近いので同じ幼稚園に通う二人は、よく双子に間違われる。 「あのね」 幽かに小首を傾げ、オラクルは愛らしく言った。 「お願いがあるんだけど、聞いてもらえる?」 「良いよ。何?」 二つ返事で、オラトリオは承諾した。オラクルに可愛らしくお願いされて、拒める者は滅多にいない。それにオラトリオはオラクルが大好きだから、オラクルのお願いを聞き入れなかった事は無かった。 「私、大きくなったらオラトリオのお婿さんになりたいんだ」 だから、と、白い頬を幽かに赤らめ、オラクルは続けた。 「オラトリオ、私のお嫁さんになってくれないかな」 「お嫁……さん?」 思わず引きつって、オラトリオは言った。 「だからね、私、オラトリオの事が大好きだから、大きくなったらオラトリオのお婿さんになりたいんだ」 私がオラトリオのお婿さんなら、オラトリオは私のお嫁さんだろう? 「__う…うん」 思わず、オラトリオは頷いた。 オラクルの言っている事は論理的には正しい。が、前提に問題がある。 だが、いかんせん幼児。理詰めの反論など出来る訳が無い。 「良かった。じゃあオラトリオ、私のお嫁さんになってくれるね?」 嬉しそうに微笑んで、オラクルは言った。 オラトリオは焦った。 このままだと、本当にオラクルのお嫁さんにされてしまう__筈など無いのだが、大人と違って、『軽い冗句』で済ます事など出来ない。 「…っと待ってよ、オラクル。俺、男なんだけど」 「知ってるよ。でも、欠点は誰にでもあるって言うし」 オラトリオは言葉に詰まった。 欠点? そーゆー問題? 違うと思う。思いはするが、何となく自信が無い。 「…男同士で結婚なんか、出来ないだろう?」 「大丈夫。ラヴェンダーに聞いたらね、男のひと同士や女のひと同士で結婚できる国は、いっぱいあるんだって」 ラヴェンダーはオラトリオの年子の姉で、小学1年生だ。にも拘わらず、アニメよりニュース、マンガより(子供向けの)新聞を読みたがる早熟なお子さんだ。 オラトリオたちに取って、ラヴェンダーは「大人みたいにいろんな事を知っている凄いひと」。で、オラトリオはこの姉に逆らえない。ラヴェンダーの言う事なら、本当だとも思う。 「それでも…俺、やだよ」 オラトリオが言うと、途端にオラクルの表情が曇った。 オラトリオは焦った。 オラクルにこんな哀しそうな顔をさせてしまったのが知れたら、「オラクルを虐めた」と、姉や母親から叱られる。 叱られる事よりも、オラクルを哀しませる方が、オラトリオには厭だった。大好きなオラクルを、哀しませたくは無い。 「オラトリオ…私の事が好きじゃないんだ」 「そ…そんな事、ねーよ。好きだよ。大好きだってば」 慌てて、オラトリオは言った。焦っているせいで、思わず声が大きくなる。周りの園児たちの視線を浴び、オラトリオは赤くなった。 「どうしたの?」 騒ぎに、保母が歩み寄って来た。オラトリオは俯いて押し黙った。大人だったら「穴があったら入りたい」とでも思うところだ。 「オラトリオ君がねー、オラクルちゃんの事、大好きなんだって」 黙っているオラトリオに代わって、すぐ近くの席の子が言った。保母は改めて、オラトリオたちを見た。 オラトリオはトマトの様に真っ赤になって俯き、オラクルは嬉しそうに微笑んでいる。 微笑ましい光景だ。 「そう、良かったわね。これからもずっと仲良しさんでいましょうね」 優しく言って、保母は他の園児たちの様子を見る為に去って行った。 「先生も良いって言ってるんだから、大丈夫だよ」 巧みに論点を摩り替えて、オラクルは言った。無論、論点を摩り替えた積もりなど無い。そして、オラトリオも摩り替えに気付いてはいない。 「…だけどさあ、何で俺がお婿さんで、オラクルがお嫁さんじゃ駄目なんだ?」 お嫁さんはちょっと恥ずかしいけど、お婿さんにならなっても良いかな__そんな風に内心、思いながら、オラトリオは聞いた。 「私が一人っ子だからだよ」 あっさりと、オラクルは言った。 「…そっかー。オラクルがお嫁に行っちゃったら、おばさんとおじさん、寂しいもんなー」 婿養子や、妻の両親と同居するケースはオラトリオの頭には無かった。これからオラクルに妹か弟が生まれる可能性も考えていない。 「じゃあ俺、オラクルのお嫁さんになる!」 力強く宣言したオラトリオに、オラクルはとても嬉しそうに微笑んだ。 描きあがった絵に、保母が絶句したのは言うまでも無い。 オラクルは両方の絵を持ち帰って大切に保存した。 オラクルがその絵を『証拠』に、オラトリオにこの時の『約束』の履行を迫るのは、ずっと後の事である。 コメント 6000のキリを踏まれた詩龍さんに捧げる「可愛いオラトリオ・逆酸素」です。可愛さを狙って(笑)幼稚園児モードにしてみました。 この頃からトリオはクルさんに逆らえなかったのですねー。惚れた弱みってヤツです。クルさんもトリオの事が好きな筈なのに、惚れても弱みは無いタイプなのでしょう(笑) back この話を読んでの感想などありましたら、こちらへどうぞ |