
カカシはゆっくりと『イルカ』に歩み寄った。自分が何をしようとしているのか判らぬまま、『イルカ』の傍らに膝を付く。
抱き起こすと、まだ幽かに息があった。
「……イルカ…先生……?」
呼びかけると、『イルカ』がうっすらと眼を開く。
重症だが、医療術を施せば生命は助かるかも知れない。
だがそうなったら、尋問部に引き渡さなければならない。
「どうして、一緒に暮らしていた頃に俺を殺さなかった?簡単に俺を殺せる機会は、幾らでもあったのに」
言ってしまってから、カカシは後悔した。
一体、どんな言葉を期待しているのだ?
そして、それを聞いて何になる?
『イルカ』の漆黒の瞳から、一筋の涙が零れ落ちる。別れを告げた日に見たのと同じ、綺麗な涙だった。
「何で…アナタが泣くの?」
「…んたが…馬鹿だから……」
それは最初の問いへの答えであるようでもあり、そうでは無いようでもあった。
胸が痛むのを、カカシは感じた。比喩ではなく、物理的な痛みだ。
『イルカ』の胸をクナイが深々と刺している、その同じ場所に痛みを覚えた。
「…安心して」
カカシの言葉に、『イルカ』が意外そうに眼を瞠る。
「安心して。もう…全て終わったのだから」
半ば自分に言い聞かせるように、カカシは言った。そして、『イルカ』の頬を伝う涙を唇で掬う。
それは、別れを告げた日のように甘くは無かった。
「俺は、馬鹿なんでしょうね」
カカシの言葉に、『イルカ』は黙ったまま相手を見つめた。
「アナタがイルカ先生でなくとも、俺は……」
「……カカシ…さん……」
カカシは微笑み、そして『イルカ』の心臓を刺し貫いた。
暗部隊長と『イルカ』の遺体は尋問部に引き渡された。
隊長は拷問を避けるため、洗いざらいを喋った。
拷問は行われなかった。裏切り者に対するリンチは、その限りでは無かったが。
『イルカ』の遺体は隊長ほど饒舌では無かった。全ての爪を剥ぎ、髪を剃り、内臓の一片に至るまで切り刻んで調べても、何も出ては来なかった。
取調べが終わると隊長は処刑され、その死体は『イルカ』の屍骸と共に火遁の術で焼却された。
後には、灰も残らなかった。
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