extra


「イルカせ〜んせ?」
「……」
「ねえ、イルカ先生ってば」
背後から自分を抱きしめて大きな子供のようにじゃれついてくる相手を、イルカは敢えて無視した。
こっちが持ち帰り仕事の最中で忙しいのは見て判るくせに、カカシはまるでそれに気づいていないかのように振舞う。
そうかと思えばイチャパラに夢中になって一言も口をきかず、一体ひとの家に何をしに来ているのだと思わせることもしばしばだ。
まるで気まぐれなネコ。
それもかなりの性悪。
自分の腕の中で気持ち良さそうに咽喉を鳴らしていたかと思えば、飽きたと言わんばかりの態度ですり抜けて、他の腕を求める。
ならば勝手にしろと放っておいても、必ず帰ってきて餌をねだる。
間違いだったのだ。
こんな性悪の野良猫を、拾ってしまったのは。

それでも拾ったからには最期まで責任をと思ってしまう自分が何となく恨めしい。
確かに生き物の生命は大切だし任務で人を殺める事もある忍だからこそ、その重さは真摯に受け止めなければならないと思う。
だがその一方で、神ならぬ身である自分が生命を奪うのは勿論、大切にしようなどと考えるのは、そもそもおこがましいのでは無いかとも思う。

自分を含め、人はみな『生きている』のではなく『生かされている』のだ。
神か運命か自然の摂理か、呼び名はどうでも良いが、大いなる力に。
生きとし生けるもの全て皆。
ならばその生かされている存在の一つに過ぎない自分が、生命を奪ったり護ったりしている__出来る__などと考えるのは、滑稽なのでは無いだろうか?
自分のクナイが誰かの心臓を抉り、その誰かが死んだとしても、それは自分の意思であって自分の意思ではない大いなる力に動かされた結果だとも言える。
たまたまそこにその誰かがいて、たまたまその任務を受けて、たまたま自分は忍となるように生まれて……

「イルカ先生?何、考えているんですか?」
手が止まってますよと言われて、改めて自分の手を見た。
この手で何人もの人間を殺め
この手で何人もの子供の頭を撫で
この手で何人もの恋人を愛撫した。
全て自分の意思でした事だ。少なくとも行為のその時にはそう信じていた。
だが、本当にそうなのだろうか?
「どうかしたんですか?具合でも悪いの?」
イルカは改めて、相手の藍色と血の色の双眸を見つめた。
自分の意思でこの男を受け入れ、自分の意思でこの男を愛した筈だ。
それともただ、踊らされていただけなのだろうか?
自分はカカシに踊らされ、カカシは父親の記憶に踊らされ、カカシの父親は周囲の思惑に踊らされ……

「運命だと言ってしまえば、楽なんでしょうか」
「……何がですか?」
「責任転嫁をする積りはないし、人の努力を無駄だと言う気持ちもさらさらありません。それでも、人の力ではどうしようもない事もあるのだとそう思った時に、『運命』だと言ってしまえば、楽になれるんでしょうか」
カカシはイルカに凭れ掛けていた身体をまっすぐに起こした。
そして、言った。
「なりません」
「……」
「どうにもならない事ほど、どうにかしたいと思い、足掻くだけです」
「足掻くことを止めてしまえば、楽になれるんですか?」
「楽になれると、思いますか?」
イルカの問いに、逆にカカシは訊いた。
いいえと、イルカは短く言った。
そして、カカシを引き寄せて抱きしめた。
「……どうしたんですか、急に」
「…あなたが、泣きそうな顔をしているから」
カカシは何か言いたげに口を開いた。
が、何も言わず、イルカの背に腕を回した。






back