(10)


カカシはその後もイルカの元に居座り続けた。
イルカは以前と同じようにカカシに接する事はできなかったが、それでも求められればカカシを抱いた。
カカシは相変わらず他所での情事の跡を持ち込んだが、イルカはそれを無視するかのように何も言わなかった。
二人の間には、馴れ合いだけがあった。

カカシとイルカが同じ任務に就く事になったのは、カカシがサクモの事をイルカに話した3週間後だった。
中忍3人、上忍1人のフォーマンセルだ。
木の葉の里から貴重な巻物が盗み出され、犯人は買い取りに応じるよう、要求してきた。
期限は今日の正午。
それを過ぎても取引に応じないならば、別の里に巻物を売り渡すと、脅迫してきている。
巻物を奪還し、犯人一味を捕らえるのが今回の任務だ。
イルカは一人、部隊から離れ、犯人たちの退路を断つためにトラップを敷設する事になった。
カカシはあらかじめ忍犬を放って状況確認をしており、危険はない筈だった。
が、イルカは消息を絶った。
「敵に捕らえられたんでしょうか」
部下の言葉に、カカシは幽かに眉を顰めた。

イルカが危険に晒されているのではと思うと不安になる。
考えまいとしても、自分の父親の最期を思い出してしまう。
が、カカシは敢えてその想いを振り切った。

「トラップに気づかれたなら作戦を変更しなければならない。と言っても、期限は正午だ。予定通り見せ金を持って取引場所には行く」
「イルカは……」
心配そうに言ったのがアカデミー教師でイルカの同僚だと、カカシは改めて気づいた。
こんな風に近しい仲間を案じて気を揉むのは忍としては失格だと、カカシは思った。
たとえそれが自分の親友だろうが恋人だろうが、任務の間は任務の遂行のみに精神を集中すべきだ__そう、カカシは自分に言い聞かせた。
それでも、仲間を見棄てる気は無い。
仲間を犠牲にした上での任務遂行など、何の意味も無い。
「イルカ先生は忍犬に探させる。救援が必要なら俺の分身を向かわせ、取引には俺本体が同行する」
カカシの言葉に、イルカの同僚はほっとした表情を見せた。



イルカはトラップ原の近くに身を潜めていた。
トラップ敷設が終わり、部隊に戻ろうとした時、敵の斥候と思しき相手と鉢合わせしたのだ。
相手も一人だったので斃す事はできたが、浅からぬ傷を受けた。
他にも敵が潜んでいるかもしれないので式も飛ばせず、傷の応急手当だけして身を潜めた。
「…パックン」
幽かな物音にクナイを握る手に力を込めて振り向くと、そこにカカシの忍犬がいた。
安堵したのも束の間、その後ろに立っている人影に、イルカは思わず眉を顰めた。
「カカシさん、どうして……」
「パックンがアナタを見つけて、怪我をしているって報告して来たんで」
「部隊の指揮はどうしたんですか?」
歩み寄ろうとしたカカシを牽制するように、イルカは言った。
カカシはイルカを安心させるように笑った。
「予定通り、取引場所に向かってます。俺は影分身ですから」
「そうですか…。敵の斥候とやりあいましたが、トラップは見つけられていません。予定通り、ここに潜んでトラップの発動をコントロールします」
「俺もここにいますよ」
何気なさそうなカカシの言葉に、イルカは奇妙な憤りを覚えた。
「ここは俺一人で充分です。部隊に戻って下さい」
「…怪我、してるじゃない。その状態じゃトラップ発動させるのがせいぜいで、とても戦えないでショ?」
「止血したし、鎮痛剤も効いているので戦力に影響はありません。それよりカカシさんこそ、影分身で余計なチャクラを使うべきでは無いでしょう?」

イルカの依怙地な態度に、カカシも眉を顰めた。
イルカはきっと、サクモがイルカの父を助けて任務に失敗した事を考えているのだろう。
それを話したのは自分だし、イルカを追い込むのが目的でもあった。
だが今は任務中だ。
ゲームは一時休戦。過去のしがらみに拘っているヒマなど無い。

「指揮官は俺です。任務中は俺の判断に従ってください」
「……上官に意見するのがおこがましいとは判っています。それでも……」
イルカは一旦、躊躇うように言葉を切った。
それから、続けた。
「あなたがあてつけで俺を助けようとしているなら、止めてください」





「何で俺がこんな面倒くせぇ…」
ぼやきながら、アスマは閉店時間を過ぎた居酒屋の暖簾をくぐった。
カカシが酔いつぶれて店主が迷惑しているから引き取ってやってくれと紅から頼まれ、こうして足を運んだのだ。
紅は他の何人かのくの一たちと飲んでいて、カカシが店の隅に陣取ってとんでもない量の酒を呷っていたのを見ていたらしい。
「おい。生きてるか?」
「……ん〜」
肩を揺さぶると、机に突っ伏したままのカカシが呻いた。
カカシはあらゆる種類の毒とアルコールに耐性があり、かなりの量の酒を飲んでも酔ったりはしない筈だ。
普段、一緒に飲むときは付き合い程度なので余り量を過ごすことも無いのだが、いずれにしろ酔ったカカシを見るのは初めてだ。
アスマは椅子を引き、カカシの向かいに座った。
「さっき、受付で小耳に挟んだんだが、今日イルカと一緒の任務だったそうだな」
無事、成功したそうなのに何をそんなに荒れている?__アスマの問いにカカシはすぐには答えなかった。
「イルカは怪我をしたそうだが全治3週間程度だし…おめぇが気に病むほどでもあるめえ」
「…荒れてなんか、なーいヨ」
のろのろと顔を上げ、独り言のようにカカシは呟いた。
「イルカと、何かあったのか?」
「ゲームは終わりぃ……あのヒト、堅物すぎて面白くないしぃ…」
「見舞いにも行かない気か?」
カカシの虚ろな瞳が、アスマに向けられた。
が、カカシの眼に映るのは子供の頃に見た病院の、冷たいリノリウムの床だった。

----俺は優秀な忍として、あなたを尊敬し、信頼しています

その言葉で、イルカの父親はサクモを拒絶した。
サクモが弱みを晒し、縋ろうとしたのを拒んだのだ。
「…手を差し伸べて振り払われるくらいなら、最初から何も期待しないほうが良い…」
「…カカシ?」
「好きって言っちゃったら負けのゲームらったのに…あそこで止めときゃ良かったのにバカらよね……」
呂律の回らない言葉で、カカシはぼやいた。
椅子の背に凭れかかる様にして天井を見上げる。
「どーせ俺はロクデナシらしそんな事自分でも判ってるけど……『あてつけ』って……」
アスマは黙ったまま、カカシを見つめた。
「俺は馬鹿なガキだったからみすみす眼の前でオビトを死なせて……だからもう誰も犠牲にしたくなかったのに、ただそれだけの気持ちで助けたかっただけなのに…『あてつけ』だなんて……」
「……自業自得だ」

短く、アスマは言った。
カカシはやや驚いたように目を見開いてアスマを見た。
それから、口元を歪めて哂った。

「…そーゆーコト?やっぱ、髭とイルカせんせってそーゆー仲だったんだ。じゃあ俺、まるっきしバカじゃん」
「…ああ。馬鹿だ」
アスマはコップに水を注ぎ、差し出した。
「欲しい欲しいと大声で喚きながら、自分でその欲しいものをぶち壊して回っている大馬鹿野朗だ」
カカシは暫く黙ってアスマを見つめた。
それからコップを受け取り、一気に飲み干す。
「今度、イルカ先生に会ったら言っといてよ。あの人のお父さんは、憔悴して家に引き篭もってた俺の父親を心配して訪ねてきたコトがあったって。あの時、俺が追い返したりしてなきゃ、親父は多分、死ななかったんだろうって…」
自嘲めいた笑いを浮かべると、カカシは再び机に突っ伏した。
「本当に馬鹿なガキだった……あの頃と、少しも変わってな……」
カカシは机に突っ伏したまま動かなくなり、やがて寝息を立て始めた。
「人間の本質なんざ、そうそう変わるもんじゃあるめぇ」
おそらくカカシは、これからも『ゲーム』を止めないのだろうとアスマは思った。
そうして自分自身を傷つける事を止められないのだ。
だがもう、イルカに会う事はあるまい。
「面倒くせぇ…」
煙草に火を点けてから、アスマはカカシを背負った。








後書
カカパパの自殺の原因が「任務に失敗しました。非難されました。自殺しました」だけでは納得できなかったので、自殺したくなるような理由を捏造してみました
「何気ない一言が人の心を深く傷つける事もある」ってやつですね。
何気ないと言うより、裏目に出たという感じですが。
カカシが毎朝慰霊碑の前で延々自分を戒めたくなる理由もついでに捏造しました。
理由が一つだけだとあんなに長時間もたない気もするし。
カカシはもっとロクデナシにする予定でしたが、うちのイルカさんは何気にキツイところがあるのでこんな線で落ち着きました。

ここまでお付き合い下さり、有難うございましたm(__)m

BISMARC



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