「オラトリオ、幾つ出来た?」
オラトリオが<ORACLE>に戻るなり、オラクルの質問が待ち構えていた。
「26…27個めの半分」
「イブまであと10日なのに。33個、作るんだよ?」
判ってる?と問いたげなオラクルの口調に、オラトリオは疲れが増すのを感じた。思わず、溜め息が漏れる。

事の発端はひと月前。正確には2年前に遡る。
オラトリオがオラクルに結婚を申し込み、婿になる積もりだったのに嫁になってしまったのが今から2年前。それから色々な紆余曲折があり、2世誕生に至ったのが半年ほど前。ちょっとした(?)バグのせいで、生まれた子供はどんどん増え、やっとバグが直った時には100人に増えていた。
<ORACLE>の守護者兼監査官。それだけでも十分、多忙なオラトリオがさらに忙しくなったのは言うまでも無い。
幾らオラトリオが小さな子供に懐かれ易いとは言え、100人の子育ては想像を絶する忙しさだ。むしろ子供に懐かれ易いのが裏目に出て、ちびたちはクルパパよりも、トリオママにくっつきたがる。その上、弟大事の小舅・コードと、小さい子供好き小姑・エモーションが頻繁に<ORACLE>に出入りするようになって、オラトリオとしては気の休まる時が無い。

そんなこんなで、オラトリオはすっかり疲れ果てていた。



「子供たちへのクリスマスプレゼントは一つずつ、手編みの靴下に入れて用意しよう。私とお前とエモーションで33個ずつ、作って。後ひとつはコードが編んでくれるって」
1ヶ月前、出張監査から疲れきって<ORACLE>に戻ってきたオラトリオに、オラクルは心底、楽しそうにそう、のたまったのだ。

…何でわざわざ手編み…

「毛糸はもう、用意したんだ。可愛い色だろう?」

…決定事項なんすか、それ…

「プレゼントを何にするか決めないとね。一人一人、違うものにしたいから」
それまで必死に反論を抑えていたオラトリオは、さすがに黙っていられず口を開いた。
「何で一人一人、別なもんにすんだよ。公平に全員、同じで良いじゃねえか」
カウンターに半ば懐いていたオラトリオを、オラクルはまっすぐに見つめた。
「一人一人、別な子だからだよ」

一人一人、別な人格。
別の個性。
別の存在。

まだ幼児とは言え、そして元が1体のプログラムだったとは思えない程、子供たちは個性豊かだ。
やんちゃな子、大人しい子。明るい子、内気な子。お絵かきが得意な子もいれば、1日中、走り回っているのが楽しいという子もいる。
基本的には同じ顔なのだが、性格の違いのせいで表情は異なり、見る者に違った印象を与える。

まるで、本当に生命のあるもののように。

「…判った」
オラクルは子供たち一人一人の事を心底、思いやり、大切にし、愛しているのだ。そのオラクルの気持ちに水を差すような事は、オラトリオには出来なかった。

…で、手編み靴下33個のノルマとなる。



「プレゼントの計画、続けないとね。候補を上げてあるから編みながら聞いてよ」
オラクルは空間にリストを構築した。オラトリオの手元には毛糸と編み棒。

何で夜遅く仕事から戻ってきて、さらに夜鍋をせにゃならんのか…

うら哀しい気持ちを隠して、オラトリオは靴下を編み始めた。オラクルがオラトリオのノルマを手伝おうとしないのは、それが義務ではなく、楽しい権利だと信じて疑わないからだ。実際、オラクルとエモーションはそれは楽しそうに33個の靴下を編んでいた。その姿はオラトリオも目撃している。
オラトリオも器用な方なので、子供たちが喜ぶ姿を想像しながら靴下を編む事自体は、厭では無い__もうちょっと、暇だったら。

ヨーロッパに1週間の監査出張から帰ったばかりで無かったら…
ヨーロッパとシンガポールの30度にも及ぶ温度差に、ボディの調子が悪いので無かったら…
出張中も、子供たちを寂しがらせない為に、監査の合間を縫って、毎日、1度は<ORACLE>に戻って食事やおやつの世話をするので無かったら…
或いはもう少しだけ、靴下の編みあがりは早かったかもしれない__確信は無いが。

「でね、ペテルギウスにはお絵かきセットにしようと思うんだけど、クレヨンとスケッチブックにするのと、CGツールにするのと、どっちが良いかな」
現実空間のような予算の制約がないので、決めるのは却って苦労する。
どっちでも、お前の良いと思う方で__言いかけて、オラトリオはぐっとこらえた。この一言は禁句なのだ。そんな事をうっかり言おうものなら、コードからは無責任呼ばわりされ、エモーションは愛情が足りないと非難し、そしてオラクルは哀しむ。
「…まだちびなんだから、CGは早いんじゃねえの」
「でもペテルギウスは大概の市販ソフトは全部、使いこなせるよ」
それはオラトリオも知っている。だからこそ、市販品では無く、手作りのCGソフトにしようなどと言わせないが為にクレヨンを勧めているのだ。
「それにあの子、クレヨンのお絵かきは飽きちゃったって言ってたし」
そこまで勧めるなら、最初っからどっちにしようなんて聞かないで欲しい__オラトリオは深〜く溜め息を吐いた。

「…オラトリオ?」
さすがに鈍感・天然・最凶のオラクルも、オラトリオの様子がいつもと違うことに気づいた。
「どうしたんだ、オラトリオ?」
溜め息を吐いた愛妻に、優しいダンナさまはきょとんとした表情で聞く。
「…何でもねえっす」
説明するのも疲れるだけなので、投げやりに、オラトリオは言った。オラクルは黙ってオラトリオを見つめていたが、不意にオラトリオを抱きしめた。
「__オラクル…?」
「お前がそんなに不機嫌にしてるなんて。監査先で厭な事があったんだな?」
間近に見つめ、そっと前髪をかきあげて優しく問う。不機嫌じゃ無くて、ただ単に疲れてるだけなんすけど__そんな実も蓋もない台詞をオラクル相手に吐けるオラトリオである筈もない。
「__嫌…まあ、俺の仕事だからな」
「何があったのか、私に話してくれないか」
ことさらに優しく聞かれ、オラトリオは記憶回路から『厭な事』を探し出す。が、今回の監査先はどこも友好的で問題は特に無かった__スケジュールがきつ過ぎる事を除けば。

しかしながらスケジュールがきついのは、子供たちと一緒にクリスマスを過ごすため。その為にわざわざオラクルは前倒しで予定を組んだのだ。オラトリオもそれで良いと了承した。今更、恨み言は言えない。

「…話したくないような事なのか?」
幾分か哀しげに、オラクルが聞く。このままお茶を濁せばオラクルを誤解させ、哀しませてしまう。
オラトリオはオラクルを哀しませる気は無かった。

序に言えば、こんな事がエモーションやコードの耳に入れば、また騒ぎが大きくなって、却って厄介だ。

「…請求した資料を出し渋られちまってさ。まあ、結局は出してきたけど、ちょっとてこずったかな」
それは前回の監査先での話だ。が、嘘ではない。
「請求した資料を出し渋られててこずって、それが厭だったんだね?」
鸚鵡返しに、オラクルが言う。優しく髪を撫でてくれるのが何だか心地良くて、オラトリオは続けた。
「他の会議が長引いたとかで、待たされた事もあったな。こっちはきちきちのスケジュールを調整して行ってんのによ」
「他の会議が長引いたせいで待たされて、それで機嫌が悪いんだね?」
再度、鸚鵡返しに、オラクルは言った。オラトリオを抱きしめて、優しく髪を撫でながら。

それは良い。それは良いが…
この光景、どこかで見た事がある。

オラトリオの疲れた電脳に、十日ほど前の光景が蘇った。ちびたちが些細な事で喧嘩し、それをオラクルが宥めていた時の光景。あれとそっくりだ。ちびたちを抱きしめ、何が不満なのか聞き出す。そしてそれを鸚鵡返しに繰り返して__
エモーションに勧められた子育ての本に書いてあった方法なのだと、後でオラトリオはオラクルに聞かされた。児童心理学だか何だかの応用らしい。子供の言葉を鸚鵡返しに繰り返し、その後につける「ね?」を3パターン程、用意するのがコツなのだとか。

…俺って幼児と同列なんですかい…

オラトリオは、一気に疲労が増幅するのを感じた。がっくりと肩を落とし、そのままオラクルの胸に凭れかかる。
「…オラトリオ?」
「……疲れた……」
他に何も言えないオラトリオをそっと抱きしめて、オラクルは優しく微笑した。



そしてクリスマス・イブ。

「ザニアーちゃんのそれ、良いなー。僕もそれ欲しい」
「あー!カストルちゃん、僕の取ったー!」
<ORACLE>のメインホールに用意された巨大なクリスマス・ツリー。その下に用意された100個の手編み靴下入りプレゼントを巡って、100人のちびっこたちは熾烈なバトルを繰り広げていた。
「ちょっと失敗したな」
大騒ぎしている子供たちを眺め、おっとりとオラクルは言った。
「プレゼントはクリスマスの朝に開けるんだったよね?ついうっかり、開けて良いよって言っちゃった」

問題はそこぢゃあ、無いと思いますけど?

声を大にして言いたい。が、意味ありげな小姑の目配せと、小舅の手に握られた細雪が気になって、何も言えないオラトリオ。
「隣の芝生は青いと申しますものねえ」
「それ、どういう意味?」
「他人の所有物は自分の物より良く見えるという意味だ」
ちびたちの大騒ぎを気にかけるでもなく、エモーションとコードはのんびり説明し、オラクルはおっとり頷いた。
「ママー!リゲルちゃんが虐めるー」
「ママー!僕のプレゼントが…」
「「「ママー!」」」
何とか騒ぎを無視しようと努めたオラトリオだったが、例によって例の如く、ちびたちにコートの裾に縋り付かれ、抵抗も虚しく戦場の只中へと引きずり込まれた。



100人の子供たちを迎えての<ORACLE>の『はじめてのクリスマス』は、それはそれは賑やかだった。
めでたし、めでたし。



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