もう一度、ざっと文章を読み直し、オラトリオはそれを添付ファイルにして、編集部にメールを送った。念の為、文章のバックアップを取る。
これで完璧だ。
PCをシャットダウンしながら、オラトリオは大きく伸びをした。そして、隣にマシンを並べて仕事をしている従兄弟の横顔を見遣る。オラクルは視線に気付かない程、仕事に熱中していた。
静かに、オラトリオは席を立った。そして勝手にキッチンに入り、コーヒーをいれる。
二人とも、締切り間近の仕事を抱えていた。正確に言えば、オラクルの方はそれ程、間近でも無い。オラトリオの締切りは今日の午後3時で、オラクルのそれは2日後なのだから。
オラクルは几帳面な性格で、仕事はいつも締切りに余裕を持って間に合わせる。たまにスケジュールのきつい仕事が飛び込んで来ても、編集者に気を揉ませるような事は無い。
オラトリオは逆だ。
確かに締切りはいつも守る。納期に遅れた事は無い。が、仕上げるのはいつもぎりぎりなのだ。

そんなだからあなたの所には、まともな仕事は回せないんですよ

編集者の言葉を思い出しながら、オラトリオはコーヒーを啜った。あの__オラトリオに言わせれば、小憎たらしい__編集者との付き合いは、もう3年になる。だからこそクォータは、オラトリオが必ず締切りを守る事を知っているのだ。さも無ければ、締切りぎりぎり__酷い時には30秒前__にしか原稿を寄越さないライターなど誰が信用するかと、クォータは言いたいのだろう。
オラトリオは時計を見た。3時5分前。
今回は、まあまともな方だ。
少なくとも、今回の仕事に関しては、スケジュールがきついのは編集部側の都合の結果であって、オラトリオの仕事のスタイルのせいでは無い。

少しはオラクルを見習って下さい__無理でしょうけど

再びクォータの言葉を思い出し、オラトリオは幽かに眉を顰めた。
オラトリオには小言や嫌味しか言わないクォータがオラクルにはいつも優しいのは、一つには確かにオラクルの仕事の几帳面さの故だろう。スケジュールがきつい時でも、締切りぎりぎりなんて事はしない。作品の質を落としたりもしない。だから皆、オラクルには安心して仕事を頼めるのだというクォータの言葉は間違いでは無い。
だが…と、オラトリオは思った。
クォータがオラクルの身体が丈夫でない事を知っていて、なるべく楽な仕事をアサインするように心がけているのは、そして誕生日やクリスマス、その他、何かにつけてプレゼントを贈ったりしているのは、単なる編集者としての好意の域を越えている。
その事を、オラトリオは何度かオラクルに言った事があった__無駄だったが。
オラクルに取って、クォータは『良い人』なのだ。それが隠された下心の現れだとオラトリオが何度言っても、オラクルは耳を貸そうとしない。

マグカップを手に、オラトリオは仕事場でもあるリビングに戻った。オラクルは相変わらず仕事に没頭しているようだ。
大学を卒業し、フリーライターとして仕事を始めた頃から、オラトリオはオラクルのマンションを仕事場にして来た。家にいたら仕事に集中できないからだと言って。
無論、それは口実に過ぎない。
休日はともかく、平日の昼間は家には誰もいない。オラトリオは炊事係を押し付けられてはいるが、仕事が立て込んでいる時には食事を作れなくても誰も文句は言わないし、自室に篭もって仕事をするオラトリオの邪魔をする者もいない。幼児のちびですら、そうだ。
だがオラクルは、そこまでの事情は知らない。それで、オラトリオが従兄弟の一人住まいを仕事場にしたいと言い出した時も、別に不思議にも思わなかったのだ。


マグカップを傾けながら、オラトリオは従兄弟の横顔を見つめた。
透ける様に色が白く、硝子の人形のように繊細だ。
強く抱きしめたら、すぐに壊れてしまいそうに…
その危うさは、アンヴィヴァレント(二律背反)な感情をオラトリオにもたらす

大切に護りたいという感情と
何もかも目茶苦茶にしてしまいたいという衝動と…


だから、オラクルに想いを告げるまで、何年もかかった。
だから、衝動を抑えられず、オラクルの気持ちを確かめもせずに奪った。
それで嫌われたなら、死のうと思った__本気で。



満足そうに微笑み、オラクルはデータのバックアップを取った。
それから画像データを圧縮し、メールに添付して送る。
「終わり…か?」
オラトリオの言葉に、オラクルは驚いたように相手を振り向いた。
「オラトリオ?もう、仕事、終ったの?」
「ああ」
軽くウインクして、オラトリオはオラクルに歩み寄った。二人とも締切りを抱えていたので、この3日、オラクルに触れていなかったのだ。
背後から抱きしめ、軽く頬に口づける。
「お茶か何か飲む?」
オラトリオの腕に手を添えて、オラクルは聞いた。
「お茶なんぞより、お前の……が飲みてえ」
囁いたオラトリオの言葉に、オラクルの白い頬が赤く染まった。
「何、馬鹿なこと言ってるんだ。それより__」
深く口づけられ、オラクルは言葉を失った。いつのまにかしっかりと抱きしめられ、逃れようとする試みは、巧みな愛撫に封じ込められる。
「__あっ……」
思わず声を上げ、何とか唇を閉じる。オラトリオは構わずに、更に愛撫を続けた。
「厭だ、こん……昼間から…」
シャツのボタンを一つずつ外していくと、オラクルは恥ずかしがって身悶えた。オラトリオはオラクルの雪のような首筋に、ゆっくりと唇を這わせる。
「たまにゃ、見せてくれたって良いだろ?__さっきからずっと、そればかり考えてた」
蕩けるような美声で囁かれ、オラクルは身体の奥が疼くのを感じた。
抱き上げられ、ソファに横たえられる。
恨めし気に見上げると、熱い光を帯びた暁の瞳に見つめ返され、抵抗する気力を奪われる。
オラクルの瞳を見つめたまま、オラトリオは相手のシャツのボタンを全て外した。それから、舐める様に、慈しむように、じっくりとオラクルの身体に視線を這わせる。
視線に愛撫されているようだと、オラクルは思った。
触れられてもいないのに、身体が奥の方から熱く変わってゆく…

その時、オラトリオの肩越しにオラクルの眼に飛び込んできたのは、壁に掛けられた時計だった。
「__オラトリオ、待って…」
「ここまで来て待ったはねえだろ?」
半ば拗ねたように言うオラトリオの身体の下で、オラクルは身じろいだ。
「そうじゃ無くて…幼稚園にちびを迎えに行く時間じゃないのか?」
「どうしてこういう時に、そういう色気のねえ事を平気で言うかな、お前は」
がっくりと肩を落としたオラトリオに、窘めるようにオラクルは続けた。
「だって、ちびを一人ぼっちで待たせたりしちゃ、可哀相だろう?」
オラトリオは、軽く肩を竦めた。
「大丈夫だって。今日はパルスに迎えに行くように言ってある。いくらなんでもこの時間なら起きてる筈だ」
「計画的なんだ…な」
軽く笑って、オラクルは言った。
「おうさ」
「どうして仕事の時に、その計画性が発揮できないんだろうね」
オラクルの言葉に、オラトリオはもう一度、がっくりと肩を落とした。
「そんな憎まれ口ばっかり叩いてると、虐めるぞ」
オラトリオの言葉に、オラクルの表情が不安そうに強張った。
オラトリオは、言った事を後悔した。
最初に結ばれてから、まだそれほど日が経っていない。
いつもオラトリオから強引に誘い、オラクルがそれを赦すという形だ。オラクルが本当に望んでいるのかどうかなど、確かめる暇(いとま)も無く……
「__良いよ…お前だったら」
静かに、オラクルは言った。
細い指をオラトリオの金髪(かみ)に絡め、弄る。
「お前を信じているから__お前が私に酷い事をする筈なんて無いって……」

何もかも目茶苦茶にしてしまいたい
奇麗であればある程
繊細であればあるほど
けれども__


「__ああ…。しねえよ、酷い事なんぞ」

出来はしない
もしもお前に嫌われたら
俺の存在の全ては
その場で粉々に砕け散ってしまうから


「__ベッドに行くか?」
オラクルの耳元で、オラトリオは優しく囁いた。
「……うん…」
幽かに頬を赤らめて頷いた恋人を、オラトリオは抱き上げた。




コメント
7117を踏まれた詩龍さんに捧げる「即裏入り決定、O2の恋愛話」
IF・O2のいちゃらぶ話です。
最近、不幸が続いたので(葬式でもあったかのようだ;;)たまにはこういういちゃらぶものも良いかな…と思って。
と言う訳で、クルさんの事を好きで好きで×∞のトリオと、トリオに愛される幸せにどっぷり漬かってるクルさんのお話でした;


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