徹夜で仕事を仕上げ、そのまま従兄弟の家のソファで眠ってしまったオラトリオは、昼過ぎに眼を覚ました。ソファの上に上体を起こし、大きく伸びをする。
「お茶でも飲む?」
従兄弟に微笑みかけ、優しくオラクルは聞いた。
「ん…まだ、もうちょっと寝る…」
半分、夢うつつの気分でオラトリオは答えた。
濃い金色の髪は乱れ、顔にクッションの跡がついている。
その姿に、オラクルはくすりと笑った。
「…ねえ、オラトリオ?」
寝直そうとソファに横になったオラトリオに、オラクルは言った。
「…ああ?」
「私と……してくれないか?」
オラトリオは、オラクルが前の晩の内に用意しておいた毛布を引っ張り上げた。まだ頭が半分、眠っているのか、オラクルが何と言ったのか聞き取れない。
「…良いぞー」
聞き返すのも億劫で、オラトリオは適当に答えた。
どうせまた、買い物に付き合ってくれとかだろう。オラクルと一緒に買い物に行くと、いつもオラトリオが荷物持ちをする羽目になる。それでも、別に厭では無い。オラクルと一緒に外出できるのは、むしろ嬉しい。
「本当?本当に良いの?」
「ああ…」
生返事をし、そのまま再び眠りに就いたオラトリオが瞼を閉じる前に見たのは、酷く嬉しそうなオラクルの笑顔だった。


次に目覚めた時には、オラトリオの頭も大分、すっきりしていた。
時計を見ると午後4時。ちびはパルスが迎えに行ってる筈だし、夕食の支度までは大分、時間がある。
「おはよう。お茶は?」
オラトリオの向かい側のアームチェアに座ってお茶を飲んでいたオラクルが、そう言った。テーブルの上には、旅行のパンプレットが並んでいる。
「今度は貰うぜ__旅行か?」
「うん。お前は何処が良い?」
ティーポットからカップに紅茶を注ぎ、それをオラトリオに手渡しながら、オラクルは聞いた。
「何処が良いって…俺も行くのか?」
「当たり前じゃないか」
少し不満そうに、オラクルは言った。
オラトリオは紅茶のカップを傾けながら、ちょっとマズイ事になったと思った。
さっき寝入りばなにオラクルが言っていたのは、この事だったのだろう。近所の買い物に付き合う程度の積もりで安易に答えたが、旅行だったとは。
短い旅行なら付き合っても良いが、オラクルが見ているパンフレットは海外旅行のそれだ。1泊程度では済みそうに無い。
「二人、一緒でなきゃ、意味が無いよ」
「…済まん、さっき、俺__」
「それに、式も向こうで挙げたいし」

……式?
………挙げる??

何となく、嫌、かなり引っかかるものを感じながら、オラトリオはパンフレットの一つを手に取った。先に気付かなかったのがどうかしてると思えるほど大きな文字でしっかりプリントされている言葉は__

『ウエディングパック』


「お前…もしかして、結婚すんの?」
オラトリオの言葉に、オラクルは益々、恨めしそうに相手を睨んだ。
「さっき、良いって言ってくれたじゃ無いか。あれは嘘だったの?」
「さっきって__っと待てよオラクル。待って下さいませんか?」
慌てたオラトリオは下手に出た。姉とこの従兄弟に対しては、子供の頃から何故か頭が上がらない。
「さっきは俺、頭、半分眠ってて、良く聞いてなかったんだ。だから__」
「酷いよ、オラトリオ。こんな大事な事、良く確かめもしないで答えたって言うのか?」
拗ねた口調で、オラクルは言った。
普段はおっとりして穏やかだが、一人っ子で甘やかされて育ったせいか、オラクルは実はキレやすい。と言っても、オラクルがキレる相手はオラトリオだけなのだが。
「嫌、だからその……もう一度、言ってくれねえか?」
人が半分、眠ってる時に大事な話なんかするな__そんな事は口が裂けても言えず、低姿勢でオラトリオは言った。
ひと度オラクルを怒らせてしまったら、ひたすら下手に出て宥めるしか無い。さもないと、姉弟たちや編集者から「オラクルを怒らせた」と非難を浴び、孤立してしまうのだ。
彼らはオラクルがキレやすいなどとは知らないから、”大人しいオラクル”が怒るからにはよっぽど酷い事をしたに違いないと、疑いも無く決め付けるのだ。
「…じゃあ、もう一度だけ聞くけど」
まだ少し怒った表情で、オラクルは言った。
「私と結婚してくれないか?」

……
………
「…………は?」
「もう。何度も言わせないでよ__恥ずかしいんだから」
白い頬を幽かに赤らめ、つんと横を向いて、オラクルは言った。
「け…っこんって、お前と俺が__」
「してくれるんだろう?約束だし」
ちらりとオラトリオを瞥見し、そのまますぐに視線を逸らせたオラクルの言葉に、オラトリオは固まった。
オラクルは確かに美人だ。たまにキレてむくれたりするけど、普段は穏やかで優しい。子供の頃からずっと一緒で双子みたいにして育ったから気心も知れている。誰よりも信頼しているし、オラクルから信頼されているのも知っている。
これだけ条件が揃えば、理想の伴侶と言って良いかも知れない__ただ一つの点を除けば。
「……あのー、オラクルさん?」
「何?」
「嫌だからその…俺達、男同士だぜ?」
オラトリオの言葉に、オラクルはにっこりと微笑んだ。
「その事はもう、解決済みじゃないか。だからお前も約束してくれたんだろう?」
にこにことオラクル。
うっとりする程、奇麗な笑顔なのに、何となく背筋が寒くなるのは何故だろう…
「約束って、さっきのは俺、寝ぼけてて__」
「さっきの話じゃないよ。もっと前。皆の前で約束してくれたじゃないか」

証拠の品だってあるよ?

言って、オラクルは席を立った。寝室に入り、暫くして出て来る。手に持っているのは2枚の画用紙。
「ほら、これ」
見せられた絵に、オラトリオの記憶が突然、蘇った。

オラトリオ、私のお嫁さんになってくれないかな
じゃあ俺、オラクルのお嫁さんになる!

今の今まで忘れていた。当然だ。20年も前の事なのだから。
二人ともまだ幼稚園に通っていた頃の話だ。『大きくなったら何になりたい?』__それを、絵に描いた時の。
改めて、オラトリオは絵を見た。
1枚の絵には、タキシード姿のオラクル。
もう1枚にはウエディングドレス姿のオラトリオ。
2枚合わせると、結婚式の図になる。
その頃からオラクルは絵が得意だったので大分、手伝って貰ったが、確かに自分の描いた絵だ。下手な字で、「おらとりお」と名前まで書いてある。

「約束通り、私のお嫁さんになってくれるよね?」
何時の間にかソファの隣に腰を降ろし、オラトリオの前髪を軽くかき上げて、優しくオラクルは言った。
息がかかる程、間近にオラクルの白い貌。
どきり、と心臓が大きく鼓動するのを、オラトリオは感じた。
「……嫌…俺は__」
「子供の頃からずっとお前のお婿さんになりたかったんだ。やっと望みが叶って嬉しいよ」
うっとりした瞳で相手を見つめ、オラクルは囁くように言った。
「……っと待ってくれ、オラクル。確かに俺はお前の事、好きだけど__」
「私も好きだ。大好きだよ__愛している…」
オラクルの顔がすっと近づく。思わず反射的に、オラトリオは眼を閉じた。
オラクルの柔らかな唇が、軽く触れて来る。
小鳥のようなキス。
それだけだというのに、オラトリオは全身から力が抜けるのを覚えた。鼓動が早く、頬に血が昇るのを感じる。
まるで、酒に溺れ絵ているかのような陶酔。
「私の事…好き?」
間近にオラトリオを見つめ、オラクルは囁いた。
「__ああ…好き…だ」
自分の意志以外の何かに操られるように、オラトリオは言った。
「愛している…?」
「愛している…」
オラクルは満足そうに微笑むと、もう一度、オラトリオに口づけた。



オラトリオが目覚めた時、オラクルはまだ眠っていた。
身体の奥が痛み、思い出すと共に顔に血が昇る。
その痛みがなければ、全てが夢のように思えた事だろう。確かにオラクルの事は好きだ。が、こんな関係になるなんて、考えた事もなかった。
そう思う一方で、これがずっと望んでいた事であるようにも思えた。余りに突拍子がなさ過ぎて認められなかっただけで、本当はずっと欲していた事だったのかも知れない……
「…やべえ」
ベッドサイドテーブルの上の時計を見、オラトリオはぼやいた。6時15分過ぎ。急いで買い物に行って、夕飯の支度をしなければならない。
「……オラトリオ…?」
ベッドの上に半身を起こしたオラトリオの気配で、オラクルが眼を覚ました。
「悪ぃな、起こして。けど俺、飯、作りに帰んねえと」
オラトリオが言うと、オラクルは優しく微笑んだ。
「大丈夫だよ、今日は」
「大丈夫って…」
くすりと笑い、オラクルはオラトリオの前髪をかき上げた。
「今日はね、お祝いだから皆で外で食事しようって事になっているんだ。だから」
「お祝い…って?」
やや引きつって、オラトリオは聞いた。
「勿論、私とお前の婚約の__皆にはもう、言ってあるんだ。ラヴェンダーには法律上の相談とかしてたから、前々から言ってあったけど」
オラクルの言葉に、オラトリオは更に引きつった。
おっとりしていて世間知らずな様だが、オラクルは中々抜け目が無い__その事を、オラトリオは改めて思い出した。

オラトリオおにーさん、おめでとうです♪
お前の様なふつつか者を嫁に貰いたいとは、オラクルも物好きだ
オラトリオがお嫁に行っちゃったら、誰がご飯作んのー?

姉弟たちの言葉が聞こえて来るようだ。
誰もが皆、これを『決定事項』として受け止めるのだろう。何故だか判らないが、オラトリオの姉弟たちは、昔からオラクルに絶大の信頼(?)を置いている。オラクルが言った事なら、無批判で受け入れるのだ。

「何で本人より先に姉弟に言うワケ?20年も前の『約束』なんぞ、時効じゃねえの?それに………」
半ば自棄になったオラトリオの抗議に、オラクルの表情が哀しげに曇る。
「オラトリオ…私の事が好きじゃないんだ」
「そ…そんな事、ねーよ。好きだよ。大好きだってば」
慌てて、オラトリオは言った。焦っているせいで、思わず声が大きくなる。
「本当?」
「勿論!」
言い切ったオラトリオの言葉に、オラクルは嬉しそうに微笑んだ。
その笑顔を見た時、オラトリオは思い出した。20年前のあの時にも、今と同じやり取りがあったのだ…と。
結局、変わっていないのだ。
いつもオラクルの側にいたい。
オラクルを哀しませたくは無い。
オラクルの笑顔を見る為なら何だってする__
その想いの全ては、20年前のまま。

暖かな陽射しに包まれるような幸せを感じながら、オラトリオは同時に複雑な心境に陥った。
婿にだったら喜んでなりたいが、『嫁』になるのは決定事項の様だ。
子供の頃から何故かオラクルには頭が上がらない。
多分、いやきっと、この先もずっと………

「店は7時半に予約してあるから、そろそろ支度、始めた方が良いかもね」
「………はい……」
おっとりと呟いたオラクルに、オラトリオは従順に答えた。オラクルはオラトリオの髪を撫で、満足そうに微笑んだ。


コメント
1312を踏まれた成瀬珈那さんに捧げる「プロポーズ大作戦」逆酸素バージョンです。
クルさんがちょっと(?)強引な気はしますが…;まあ、二人とも幸せになったので、良いのではないかと…(笑)
設定的には「When I grow up」の20年後になります。迂闊な約束をするべきでは無いという、”教訓”を含んだお話です(爆)


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