「誕生日のプレゼントなんだけど、何が良いかな」
いつものように平和な<ORACLE>でのひととき。相棒にティーカップを手渡し、にっこり微笑んで、オラクルは言った。
「誕生日?」
聞き返して、オラトリオは紅茶を啜る。
彼の起動日は2ヶ月程、前だ。<ORACLE>に初めて降りた日、プロジェクトの発足日、或いは……。
思い付くどんな日付も、近日中には無い。
「今度、12歳になるんだよね。その位の年の男の子って、何が欲しいんだろう」
確かに、起動してから12年程になる。
が、「男の子」…?
「誕生日って、誰のだよ」
「信彦だよ」
さいですか。俺へのプレゼントじゃ無い訳ね__思わず肩を落とし、オラトリオは紅茶を啜る。考えてみれば、この人使いの荒い相棒が、彼の誕生日を祝ってくれた事など、一度も無いのだ。
尤も、彼もオラクルの誕生日を祝った事は無い。それがいつなのか、知らないのだから。
「何が良いと思う?」
「やっぱゲームか何かじゃねえのか」
頬杖をつき、オラトリオは言った。
オラクルに用意できるとしたら、それは電脳空間に存在する物に限られる。リアルスペースでのみ生きられる人間と、サイバースペースでのみ存在できるプログラム。その接点は、極、限られている。
厳密に言えば、接点なぞ、無い。人間に取って電脳空間とは、仮想現実に過ぎないのだから。
「シミュレーションとか、RPGとか?どんなのが良いんだろう」
「本人に聞いて見りゃ良いだろうが」
「でもそれじゃあ、surprisingにならないよ」
言って、オラクルは組んだ指の上に、白い顎を乗せた。オラトリオは軽く笑い、いくつかのデモCGを用意した。
数時間の後、漸く納得のゆくゲームソフトが完成した。オラクルはそれに添付するカードにも、幾分かの時間を費やした。そして、全てが満足のゆく形になってから、それらを送信した。
「気に入ってくれると良いけどな」
空間を見つめたまま呟くオラクルを、オラトリオは背後から抱きしめた。
「気に入らねえなんて、言わしゃしねえぜ」
オラトリオの言葉に、オラクルはただ、軽く笑った。
「なあ…お前の誕生日って、いつなんだ?」
「__え…?」
聞き返し、オラクルは相手を斜めに見上げる。
「俺達、一緒に仕事して十年以上なのに、お互いの誕生日を祝った事もねえだろ」
オラトリオの言葉に、オラクルは不思議そうに何度か瞬き、それから微笑んだ。
「もしかして、妬いてるんだ。私が信彦のバースデイ・プレゼントなんか用意したから」
「んな事、言ってねえだろ」
「違うのか?」
軽くいなされ、オラトリオは視線を反らした。オラクルは身体の位置を変え、まっすぐに、オラトリオに向き直る。
「お前の誕生日を祝うなんて、私には出来ないよ」
思ってもいなかった言葉に、オラトリオは相手を見た。
「お前の起動日。最初に<ORACLE>に来た日。暗黒母神を倒した日。それから、初めて……」
オラクルは言って、白い頬を赤らめて、俯いた。その頬に、オラトリオは軽く触れる。
「私にとっては、全てがとても大切な日なんだ。お前が私の側にいてくれる、その一日一日が。だから、一年の内のたった一日だけを特別扱いするなんて、私には出来ない」
「ああ……。そうだ…な」
こそばゆい想いと共に、オラトリオは言った。そして、改めてオラクルを抱きしめる。
「信彦、喜んでくれるかな」
「ああ。間違いねえよ」
間近に相手を見つめ、オラクルは幽かに小首を傾げた。
「どうしてそう、言い切れるんだ?」
「どうしてでも」
根拠も無く言い切ったオラトリオに、オラクルは軽く笑った。そして、ゆったりと身を委ねる。
「カードに何て書いたんだ?」
オラクルの髪を撫で、オラトリオは聞いた。
「教えてあげない」
「__オラクル…」
もう一度、楽しげに笑って、オラクルはオラトリオの腕から逃れた。捕まえようとしたオラトリオを軽く、制する。
「休憩時間は終りだぞ?」
「……ったく、お前って奴は」
「何か言った?」
答える代わりに、オラトリオは大仰に肩を竦めた。それから、二人とも仕事に戻った。
君と会えて良かった
だから、君の生まれた日におめでとうを
君と会えて良かった
だから、君の生まれた日にありがとうを
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