「疲れてないか?」
自分に持たれかかる様にして座っているイタチの髪を指で梳き、サスケは訊いた。
大蛇丸に変化したサスケが音の里を治めるようになって三ヶ月。
小規模な里とは言え、里長の仕事は想像以上に多忙で、サスケは様々な問題を処理するのに日々、忙殺されていた。
その上、大蛇丸に成り済まして周囲を欺かなければならない。
神経が休まる暇(いとま)は、殆ど無い。
そんなサスケを少しでも休ませようと、その日、イタチはサスケを外の森に連れ出したのだった。
「俺は大丈夫だ__眼の方は、相変わらずだが」
娘を出産後、イタチの体調は概ね順調に回復していったが、視力の回復は思わしくなかった。
尤も、一時は完全に失明したのだと思っていたのだから、光を取り戻したこと事態、喜ぶべきだが。
「眼だって必ず、治るさ」
大蛇丸の人体実験の成果を利用してでも必ず、と、サスケは思ったが、口には出さなかった。
今は人体実験は中止させ、実験材料とされていた囚人たちも解放した。
実験はかなり非道なものだったが、その成果の高さは否定できない。

「良い天気だな…」
空を見上げ、サスケは話題を変えた。
大蛇丸に捕らえられてからずっと緊張の耐えない日々が続いていた。
久しぶりに重圧から解放され、狭い籠から大空に放たれた鳥のような気分だ。
イタチの髪を指先に絡めると、癖のないそれは、さらりと零れ落ちる。
艶やかで美しいその黒髪を、サスケは子供の頃からずっと好きだった。

「誘い出してくれて良かったぜ。やらなきゃならない事が多すぎてそれに追われて、自分で思っている以上に疲れていたみたいだ」
「お前にばかり苦労をかけて済まない…。俺の眼がこんなでなければ、少しは手伝えるのだが」
幽かに表情を曇らせて言ったイタチに、サスケは微笑んだ。
「あんたは今まで大変だったんだから、今はゆっくり養生していれば良い」
「…それはとも角、やはり変化した方が良くは無かったか?」
もし、こうしている姿を誰かに見られたら、と、心配そうにイタチは言った。
サスケは大蛇丸の器となって死に、イタチは囚人として軟禁されている事になっている。
その二人がこうして自由に外にいる姿を、大蛇丸の部下に見られてはまずい。
「今日一日、誰もこの森に近づくなと、大蛇丸として命令してある。大蛇丸の命令を破る者はいないさ」

だがもし、と、イタチは思った。
確かに大蛇丸の部下は命令に従うだろうが、もしも木の葉の追い忍がこの近くに来ていたら?
サスケはイタチを護る為ならば躊躇いもなく木の葉の忍を手にかけるだろうが、出来ればそんな事はさせたくないと、イタチは思っていた。
それにイタチはビンゴブックにも載っている『S級犯罪者』で、賞金目当ての輩から生命を狙われる可能性もある。
言わば、周囲は敵だらけだ。
用心はいくらしても、しすぎる事がないくらいだ。
だが今は、と、イタチは思った。
イタチもサスケと同じように、ずっと緊張と心労を強いられていたのだ。
今はただ全ての憂いを忘れ、サスケの腕に身を委ねていたい。

「…昨夜、奇妙な夢を見た」
イタチの髪を軽く撫でながら、やがてサスケは言った。
「焔の中に鳥がいて……と言うより、その焔が鳥だった」
「火の鳥…か?」
訊き返したイタチに、サスケは頷いた。
「眼が覚めた時に殆ど忘れてしまって余りはっきりしないんだが……鳥は二羽、いた」
サスケが語るのを、イタチは黙って聞いた。
陽射しは柔らかく、時折、吹き過ぎる風が心地よい。
「その二羽の鳥は、片方の翼が相手の翼と絡み合ってたんだ」
「比翼の鳥…か」
「比翼の鳥?」
鸚鵡返しに、サスケは訊き返した。
「翼を連ねて翔ぶつがいの鳥だ」
「じゃあやっぱり」と、サスケは言った。
「あれはオレ達だったんだな…。決して離れる事無く、生涯を添い遂げる」
耳元で囁くサスケの言葉に、イタチはゆっくりと瞼を閉じた。
「あんたと出会えた事、あんたとこうして恋人になれた事、オレは運命に感謝している」
「……それは正しい道ではないかも知れない」
実の兄弟で愛し合う事を、ひとは『過ち』だと看做すだろう。
「正しいか正しくないかなんて、誰にそれを決める権利がある?オレ達の人生、オレ達の運命なんだ。どの道を選ぶかは、オレ達が決めることだ」

イタチは眼を開け、間近にサスケを見つめた。
漆黒の瞳が、真摯にこちらを見つめている。

「……いずれ、後悔する時が来るかもしれない」
「まだ迷っているのか?」
サスケの問いに、イタチは視線を逸らした。
サスケはイタチの背に腕を回し、華奢な身体を抱きしめる。
「あんたが迷うたびに、オレは何度でも言おう。あんたはオレが生きる理由で、オレの希望、オレの喜びの全てだ」
イタチは口を噤んだまま、サスケを見た。
「あんたの存在がオレの心を安らがせ、あんたを想うとオレの気持ちはかき立てられる。あんたを憎んでいた頃のオレは、文字通り闇の中にいた。今は、あの頃のオレには想像も出来ないくらいに幸せだ」
「サスケ…」
「今のオレの望みは、比翼の鳥のように、生涯、離れる事無くあんたと添い遂げる事。ただそれだけだ」
サスケは改めてイタチを見つめ、そして言った。
「愛してる。心の底から、あんただけを」
イタチは何も答えなかった。
「まだ……迷っているのか?」
幽かな不安に問うたサスケに、イタチは微笑して首を横に振った。
「もう…充分だ。お前の気持ちは、そのまま俺の想いだ」
イタチの言葉に、サスケの口元に笑みが浮かぶ。
サスケはイタチの頬に触れて引き寄せ、そのまま唇を重ねた。



天に在りては願はくは比翼の鳥と作り
地に在りては願はくは連理の枝と為らん





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