特別休暇命令
(8)
バイクに積めるだけの荷物を積んで__村人はトラックで送ると申し出たが、それを受けると贈り物の量が増えてしまうので断った__アンジールが別荘に戻ると、セフィロスは幾分か憂鬱そうな表情で片膝を抱えてソファに座っていた。
向かいの安楽椅子には、困惑気なジェネシス。
「ジェネシス、荷物を降ろすのを手伝ってくれないか__お前にだ、セフィロス」
言って、アンジールは花束を示した。
セフィロスはこちらを瞥見しただけで、すぐに視線を逸らす。
「…もう、あそこで買い物は出来ないな」
セフィロスの言葉に、それが不機嫌の理由かと、アンジールは思った。
呆れるほどに子供っぽいが、セフィロスは今まで自分で買い物した事など無かったのだ。
思い起こせば、単純なカードゲームにも熱中していた。
トランプの存在もそんな遊びがある事も、セフィロスは知らなかったのだ。
一体、どんな子供時代を過ごしたのかと思うと、子供っぽさを責める気にはなれない。
「昔、プレジデントに俺の記事の載っている雑誌を見せられた事がある。下らない内容だったし宝条も反対したから、それ以来、そんな記事は見ていないが」
幽かに、セフィロスは溜息を吐く。
「こんな遠くにまで俺の名が知られているのは、そういう雑誌のせいなんだな」
「…そう、否定的に捉える事は無いだろう。皆、お前に感謝し、お前を賞賛している」
「俺の何を、だ?」
幾分か苛立たしげに訊いたセフィロスの言葉は、アンジールには意外だった。
注目を浴びる事、特別視される事を好まないのは知っていたが、賞賛されることまで嫌っているとは思わなかったのだ。
「何を…って。お前は沢山のモンスターを斃して、多くの危険地域を解放したじゃないか」
『解放』は会社の言い分に過ぎない、と、セフィロス。
「神羅は魔晄炉を作りたいだけだ。そこに棲息するモンスターが邪魔だから、皆殺しにする」
「だけどモンスターは人を襲う事もあるんだ。現にさっきの親子だって__」
「人間だって、他の動物や魚を殺して食べるだろう?」
アンジールの言葉を遮って、セフィロスは言った。
「モンスターには人間が餌なんだ。人間が他の動物を殺すのと、何が違う?」
「……違わないだろうな」
アンジールが答えに窮していると、ジェネシスが言った。
「モンスターだって生き物だ。人間や他の動物と同じく、生きる権利はあるだろう。だがだからと言って、人間が大人しくモンスターの餌食にされなければならない理由にはならない」
生き物は皆、と、ジェネシスは続けた。
「生きる為に戦う。それは避けられない。だから、強い者が賞賛されるんだ」
「…敵からは憎まれている」
そう、セフィロスは言った。
「俺はウータイでは、『死神』と呼ばれているそうだ。無数のウータイ人から父親や息子や恋人を奪った冷酷な殺人鬼だ…と」
「誰がそんな事を?」
思わず、アンジールは訊いた。
「ウータイの戦士だ。正確には、ウータイ人では無かったが…」
「戦士なら、その男も同じくらい多くの人を殺しているだろう」
そう、言ったのはジェネシスだ。
「自分のしている事を棚に上げて、人を非難するなんて最低だ」
「同じじゃない__そう、その男は言っていた」
視線を落とし、静かにセフィロスは続けた。
「その男には護るべきものがある。その男が戦うのは、大切なものを護る為だそうだ。だが俺には……」
セフィロスは、窓から外を見遣った。
アイシクルの連山が、雄大な姿を見せている。
どこかで見たような気がするのに、どうしても思い出せない。
「俺には故郷も無い。家族もいない。大切だと思っていた人も、突然、姿を消した挙句に死んでしまった。護りたいと思うものなんて、何もない」
それに、と、セフィロスは続ける。
「戦う理由なんて、考えた事も無かった。ただ玩具だと言われてマテリアを渡され、魔法の使い方を覚えた。ゲームだと言われてシミュレーションでモンスターを斃し、戦い方を覚えた。そしてムスペルヘイムという所に連れて行かれて、初めて本物のモンスターと戦った」
その日から、セフィロスはソルジャーと呼ばれるようになった。
その後も度々、モンスター掃討に狩り出され、『英雄』として賞賛されるようになる。
そしてそのままウータイ戦にも出陣するようになった。
戦う理由など、考えた事も無かった__4年前の戦役で、敵の戦士に『死神』と罵られるまでは。
アンジールとジェネシスは、言うべき言葉が見つからずに口を噤んでいた。
2人とも、ウータイと戦うべき理由があると、思っている訳では無いのだ。
特にアンジールは、戦争が早く終わる事を望んでいる。
それより何より、まるで軟禁されているかのように本社ビルに幼い頃からずっと住んでいるセフィロスが、初めからソルジャーとなるべく育てられていたらしい事に、重苦しいショックを受けていた。
セフィロスは好きこのんで英雄になった訳でもなければ、自分の意思でソルジャーになった訳でも無いのだ。
その理由は判らない。
だが恐らく、セフィロスに選択肢は無い。
つまり、生きている限り、『英雄』であり続けなければならないのだ。
「……俺の死んだ親父は、いつも俺に誇りを持てと言っていた。誇りと、夢を持て…と」
暫くの沈黙の後、アンジールは言った。
セフィロスは黙ったまま、アンジールに視線を向ける。
「今の俺は、ソルジャーである事に誇りを持っている。会社に命じられる任務の全てが正しい行いなのかどうかは判らないがそれでも……俺はソルジャーとして戦う事で、この国を…嫌、全ての人を苦しみから救いたい。その為の力となる事が、俺の夢だ」
「俺はあんたに憧れてソルジャーになったんだ」
そう、ジェネシスは言った。
そして、まっすぐにセフィロスを見つめる。
「俺の夢は、あんたのような英雄になる事」
「……俺には、何の夢も無いのに…か?」
セフィロスの言葉に、鈍く胸が疼くのをジェネシスは感じた。
アンジールも同じだ。
セフィロスは親の顔も知らず、ただソルジャーとなる為にだけ育てられたのだ。
そして情報を遮断され、戦闘に必要な事以外は何も知らされず、自由に外に出る事も無い。
国中の少年たちの憧れの的でありながら、それはセフィロスに取ってむしろ、自由を奪う枷にしかならないのだ。
「…お前のお袋さんには、何か大切な役割があったんだって、言ってたよな?」
セフィロスの言葉を思い出し、アンジールは言った。
「そしてお前は、それを受け継ぐべき存在なんだ、と」
「……だが…それが何なのか、俺には判らない。俺に母の事を話してくれた人はもう、死んでしまったし…」
「だから…諦めてしまったのか?」
アンジールの問いに、セフィロスは首を横に振った。
「諦めてはいない。俺はずっと、それが何なのか、答えを探し続けている」
「だったらその答えを見つけ出し、お前がお袋さんから受け継いだ役割を果たすのが、お前の夢だと言えるんじゃないのか?」
セフィロスは視線を落として何度か瞬き、それから、顔を上げてアンジールを見た。
「……そうなのか?」
「それは俺じゃなくて、お前が自分で決める事だ」
アンジールの言葉に、セフィロスは幾分か困惑したような表情を浮かべる。
「答えなんて、見つからないかも知れないのに……」
「それが本当にあんたの果たすべき役割なら、きっと見つかるさ」
そう、ジェネシスは言った。
「俺だって自分が英雄になれるかどうかは判らない。でもきっとなれると信じている。信じ続け、その為の努力を惜しまなければ、いつかきっと想いは叶う筈だ」
「…随分、漠然としているな」
「夢とは、そういうものだ」
言って、アンジールは笑った。
「『たとえ他に何も無くとも、夢があれば人は生きてゆける。誇りがあれば、胸を張っていられる』__そう、親父はいつも言っていた。そしてセフィロス。お前は、俺たちソルジャーの誇りなんだ」
「あんたはあんたの夢を追えば良い。俺達は、それに付いて行く。そしていつかきっと追いつく」
セフィロスは暫く黙っていたが、やがて、そうだな…と小さく呟いた。
それから、改めてアンジールとジェネシスの2人を見る。
「俺には大切なものなどもう何も無いと思っていたが、お前たち2人は、俺の大切な友人だ」
言って、セフィロスは穏やかに笑った。
残りの2日を、3人は山で過ごした。
もう、麓の村には行けなくなってしまったのもあるが、何より他にモンスターの存在がないのか、確かめるのが主な理由だった。
モンスターの気配はどこにもなく、アイシクルの平和が破られる事は無さそうだ。
3日後の昼過ぎに迎えのヘリが来て、3人は帰途に着いた__大量の『土産』と共に。
大量の野菜ともっと大量の胡桃を土産として受け取らされたのは、プレジデント、ソルジャー統括、それに、セフィロスの執務室の護衛のタークスたちだ。
セフィロスの機嫌が良かったのでプレジデントも上機嫌、ソルジャー統括は新手の嫌がらせかと眉を顰め__尤も、彼の妻は喜んでいた__勤務時間が不規則で自炊の機会が殆ど無いタークスたちは困惑した。
そしてタークスの分はどうにかしてくれと苦情を言われたアンジールが引き取る事になり、その野菜を消費する為に、連日のように2nd、3rdのソルジャーたちを夕食に招く事になる。
アンジールがジェネシスと共にセフィロスの休暇に同行した事はソルジャー達の間で噂になっていて、彼らは休暇中の出来事を詳しく聞きたがった。
が、まさかセフィロスが玉葱を中身まで全部、剥いてしまったとか、食べ物だとも知らずに胡桃を大量に買い込んだ、などという事を話せる筈も無い。
英雄には、保つべき威厳があるのだ。
モンスターを斃した事は口止めされていたから話せないし、無論、バイクの無免許運転の事など言える訳もない。
結局、アンジールがソルジャーたちに話せたのは、1週間の食事メニューくらいのものだ。
そしてその時の話と大量の土産の中身から、『英雄はベジタリアンで胡桃が好物だ』という噂が、まことしやかに流れたのだった。
元々このサイトは「1st3人が仲良くしてて、セフィロスが幸せ」というのを書きたくて始めたのですが、人付き合いが苦手でヒッキーな『深窓の英雄』に近づくのは長く困難な道のりでした。
やっとここまで辿りつきました……(*つД;`)
とは言っても、明るい話ばかりではありませんでしたけれど;
ジェネシスを苦しめる悪夢は、セフィロスに魔晄を浴びせる為の予備実験の被験体にさせられた時の記憶です。
アンジールはジリアンが護ったので、実験台にされずに済みました。
この時からジェネシスは両親の愛情を疑うようになり、愛情飢餓に陥ります。
時々、アンジールに酷い真似をするのはそのせいです。
セフィが山ばかり見ていたのは、アイシクルの風景と(2歳くらいまで住んでいた)ニブルヘイムの風景が、少しばかり似ていたからです。
宝条がセフィに食餌制限させるのは、遺伝子的にジェノバであるセフィの本来のエネルギー源は高濃度魔晄であって、人間の食べ物は効率が悪く、内臓に負担がかかるからです。
食欲中枢も未発達なので食べなくても別に空腹は感じませんが、ずっと食べずにいる&魔晄も浴びないでいると、徐々に体力が低下します。
ちなみにタイトルの『特別休暇命令』はある漫画の番外編タイトルのパクリです。
どの漫画か判った方、お友達になりましょう(笑)
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