Seraph of Death

(3)



魔晄炉付近の異様な光景に、ジェネシスは息を呑んだ。
数十頭を下らないドラゴンの死体が、そこかしこに転がっている。
しかもどのドラゴンも、一撃で倒されていた。
「こいつら全部…あんたが一人で倒したのか?」
「ああ」
そんな当然の事を訊いてどうすると言わんばかりの口調で、セフィロスは答えた。
高みの見物をしていたのではないかなどという疑問は、とんでもない思い違いだった。
更に近づいて視界が開けると、魔晄炉のある建物の一部が、落雷で破損しているのがわかる。
「自然の落雷の様だが……どうやらそれで魔晄炉が破損して、高濃度の魔晄が流れ出している様だな」
立ち止まり、セフィロスは言った。
「ドラゴンたちは、魔晄を求めてここに集まったんだろう。短期間の内に、ここはドラゴンの巣になっていたんだ」
「…報告書では、他のモンスターもいたようだが?」
「最も力の強いドラゴンが、他のモンスターたちを駆逐したんだろうな」
これ以上、近づくのは危険だと、セフィロスは言った。
「魔晄炉は落雷程度で破損するようには造られていない筈だが、これ以上、調査を進める為にはまず炉を停止する必要がある」
そして携帯を取り出し、どこかに電話をかける。

今までは気づく余裕も無かったが、セフィロスは声も美しいのだと、ジェネシスは思った。
天は二物を与えずという言葉が本当なら、セフィロスは摂理に背いた存在という事になるのだろう。

「魔晄炉を停止する為の作業用ロボットを要請した」
電話を切ると、セフィロスは言った。
ジェネシスは疲労と頭痛のせいで立っているのがやっとで、折角セフィロスに話しかけられているのに言葉が出てこない。
「後は工兵部隊を待つだけだ。ここには俺がいるから、戻ってヘリで休め」
ジェネシスの顔色が悪いのを見て取ると、セフィロスは言った。

意外だ、と、ジェネシスは思った。
アンジールの握手を無視した時は、傲慢な男なのだという印象を受けた。
大量のドラゴンの生息地に置き去りにされた時は、冷酷なのだと感じた。
自分たちの実力を測る為にわざとそんな真似をして、セフィロス自身は安全な場所で見物していたのではないかとすら勘ぐった。
だがセフィロスは任務の遂行を優先しているだけで、それはソルジャーとして当然の判断なのだろう。
指揮官としての立場を離れたセフィロスは、案外、優しい人間なのかも知れない。
「俺もここに残る。任務はまだ、終わってはいないからな」
「お前がここに残って、何かの役に立つのか?」
精一杯、気を張って言ったジェネシスに、素っ気無くセフィロスは言った。

------前言撤回
ジェネシスは、内心で溜息を吐きたくなった。
傲慢なのかそうではないのか、冷たいのか優しいのか、全く見当がつかない。
人を振り回す事はあっても振り回される経験の無いジェネシスは、どうセフィロスに接したら良いのか途方に暮れた。
だがそうなると、意地でも残りたくなる。
何より子供の頃からずっと憧れていた英雄にやっと会えたのだ。
疲労など、構ってはいられない。
「あんたの暇つぶしの相手くらいにはなれる。工兵のヘリが到着するまで、2時間はかかるだろう?」
「緊急事態だからジェット機をよこせと言っておいた。数十分で着く」
------殴っても良いか…?

その場を去ろうとしないジェネシスに、セフィロスは幽かに眉を顰めた。
「無理をして動けなくなっても、俺は面倒を見ないぞ?」
「そんなみっともない真似はしないし、そうなったら放っておいてくれて結構だ」
それに、とジェネシスは続けた。
「あんたにうるさく話しかけて煩わせる積りも無い」
セフィロスは好きにしろと言わんばかりの表情を浮かべると、それ以上、何も言わず倒木に腰を降ろした。
幾らか離れた位置に、ジェネシスも腰を落ち着ける。
離れて座ったのは、その方がセフィロスの顔を見やすいだろうと思ったからだが、すぐに後悔した。
長い前髪が邪魔して、横からだと殆ど顔が見えないのだ。
こんな事ならば向いに座ればよかったと思ったが、横顔の美しさもまた、格別だ。

時折、風が吹くと、しなやかな銀糸のような髪が揺れる。
バノーラに比べれば__というより比べ物にならない程__ミッドガルには様々な外見の人間がいるが、こんな見事なプラチナ・ブロンドを見るのは初めてだ。
ジェネシスは一旦、視線を逸らし、それからまたセフィロスを見た。
ドラゴンたちが死に絶えた後には何の生き物も残っていないかのように、酷く静かだ。

暇つぶしの相手になるとは言ったものの、セフィロスがそんなものを求めているとは思えない。
ここへ来るヘリの中での態度からして、任務に必要な事以外で話しかけられるのは不快なのだろう。
セフィロスはその名を知らぬ者もいない英雄だが、知られている事は意外に少ない。
記事に書かれるのはいつも華々しい武勲ばかりで、どこの生まれだとか両親が誰であるとか、生年月日も経歴も謎に包まれている。
だからこそ、誰もがセフィロスのプライベートを知りたがり、勝手な憶測を吹聴する。
その噂のどれが真実でどれが嘘なのか、セフィロスに会ったら確かめてみたいと思うのが人情だ。
だがそんな無責任な好奇心で根掘り葉掘り訊かれたら、不快に思うのも当然だ。
セフィロスが任務以外では執務室に篭もっているのも、他人に気を許そうとしないのも、そのせいなのだろうと、ジェネシスは思った。

何を見ているのか何も見ていないのか、セフィロスはただ静かに座っている。
輸送機の中ではヘリのプロペラ音がうるさかったのでそうは思わなかったが、こんな静かな場所に2人きりで無言でいるのは、息が詰まる。
かと言って無闇に話しかけて煩がられたくないとジェネシスが思っていると、セフィロスが口を開いた。
「これ程多くのドラゴンがいるとは思っていなかったが、お前たちはよく持ちこたえたと思う」
言って、ジェネシスに視線を向ける。
「特に2人の息の合った連携戦は見事だった」
「……見ていた…のか?」
「全てを、という訳では無いが。俺はお前たちの査定をしなければならないし」
それに、とセフィロスは続ける。
「死なれたら、困る」
心臓の鼓動が早まるのを、ジェネシスは感じた。
「……それは…誉められた、と思って良いのか?」
「その積りだが」
綻びそうになる口元を引き締めて、ジェネシスは一旦、視線を逸らせた。
それから、改めてセフィロスを見る。
氷のように冷たいと思っていた瞳を彩る碧(みどり)が、心なしか穏やかに感じられる。
セフィロスは、幽かに小首を傾げた。
「余り嬉しそうでは無いな」

------嬉しくない訳があるか…!
叫びたいほどの気持ちを、ジェネシスはぐっと抑えた。
『英雄セフィロス』に誉められて嬉しくない者などソルジャーに__嫌、兵士でなくとも__いる筈が無い。
本当なら「セフィロスに誉められた」とバノーラの村中に触れ回って、皆にキスしたいくらいに嬉しい。
だがここでヘラヘラした態度を取るなど、ジェネシスのプライドが許さなかった。
「前任者の報告書からは、これほど大量のドラゴンが集まっていると予測するのは不可能だった。だがその不測の事態に備えるだけの装備を怠った事、体力と精神力の配分に配慮が不十分で戦闘不能に近い状態に陥ったのは、明らかに失態だった」
「…そうだな」
短く言うと、セフィロスは再び視線を逸らせた。
その態度に、ジェネシスは高揚していた気持ちがすっと冷えるのを感じた。
ここは素直に喜んで見せるべきだったのだろうかと後悔したが、今更、遅い。
再び周囲は静けさに包まれ、気詰まりになる。
かさりと、枯れた葉が幽かな音を立て、それはジェネシスに今しがた聞いたばかりの羽擦れの音を思い出させた。
「……あんたが俺たちを助けに現われた時、俺は羽擦れの音を聞いた」
無視されるかとも思ったが、セフィロスはゆっくりとこちらを見た。
「ドラゴンの、羽音か?」
「翼竜の翼じゃない。羽毛を持った鳥が羽をはばたかせるような音だ。あの時のあんたは、銀色の光を纏って降臨する天使に見えた」

言ってしまってから、ジェネシスは後悔した。
女を口説く時にこういう表現をすると大概はかなりの効果を発揮するのだが、10人に1人くらいからはこっぴどく馬鹿にされる。
バノーラではそんな事は無かったが、ミッドガルの女はスレているのだ。
「…俺は敵からは『死の大天使』と呼ばれているらしい」
そして深窓の英雄の反応は、夢見がちな乙女ともすれた女とも異なっていた__当たり前と言えば当たり前だが。
「或いは、『白銀の死神』」
「…ウータイ人は中々詩心があるようだな。『白銀の死神』も悪くないが、『死の大天使』の方があんたに相応しいと思う」
思ったままを口にしたジェネシスに、セフィロスは幽かに唇の端を上げた。
「少なくとも『英雄』よりは…な」

------微笑った……?
ジェネシスは、自分の眼を疑った。
セフィロスの写真は何十枚と集めたが、笑って映っているものは一枚も無い。
それで何となく、『英雄セフィロス』は笑う事など無いのだと思っていた。
常に毅然としていて隙のない孤高の存在__そんなイメージを、憧憬と賞賛と共に抱いていた。
だが今、幽かに微笑ったセフィロスを目の当たりにして、苦しくなるほど動悸がする。
セフィロスはすぐに顔を背けてしまったから、本当に笑ったのかどうかも定かではないが。



やがてジェット機の轟音が静けさを破り、作業用ロボットと工兵がパラシュートで落下した。
セフィロスが兵たちに歩み寄り、命令を下す姿を、ジェネシスはぼんやりと眺めた。
そして疲労が限界に達しているのを感じ、無様な姿を晒す前に退散する決意を固めた。
「先にヘリに戻っている」
ジェネシスの言葉に、セフィロスは何の反応も示さなかった。








タイトルのSeraphは、天使9階級の最上位に位置する熾天使で…って、皆様すでにご存知ですよね。
6枚の翼を持つとされるあの方です(笑)
文中では「死の大天使」とありますが、大天使(Archangel)って階級で言うと第8位。下から2番目なんですね。
アンジェネはこの頃、1stになったばかりなのでまだまだ未熟です。
アンジーは後にはちゃんとバスターソードでも斬れるようになるし、ジェネシスもMP不足で魔法使えなくなったりしなくなります。


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