SOLDIER


「素晴らしい……!」
ツォンの持ち帰った映像に、プレジデント神羅は何度も感嘆の声を上げた。
椅子から身を乗り出すようにして、食い入る様に画面を見つめる。
「古代種に、まさかこんな能力があるとは思っていなかった」
「…マテリアには古代種の知恵が凝縮されている。古代種ならば、魔法を自在に使いこなせるのは当然だ」
後ろ手に腕を組み、傲慢な態度で宝条は言った。
「さっそく宣伝広告部門に命じて記事を書かせよう。わが社にこんな少年兵がいるとなれば、神羅軍に対する市民の支持が一気に高まるだろう」
「まさか、あんな子供を兵士に…?」
唖然として言ったのは、治安維持部門統括ハイデッガーだ。
「セフィロスは普通の子供なんぞじゃ、ない」
「それでも子供である事に変わりは無い。そして、だからこそ素晴らしいんだ」
憮然とした宝条に、プレジデントは言った。
「見るからに無垢な白皙の美少年だ。女どもはこの手のタイプに弱い。しかも繊細なガラス細工のような美貌からは想像も付かぬ強さ。このギャップがまたウケるんだ」
まずは実績だ、と、プレジデントは言った。
「ムスペルヘイムのモンスターの完全殲滅が手始めだ。セフィロスの働きであの地に新しい魔晄炉の建設が可能となれば、それがいかに人々の暮らしを向上させるか、徹底的に宣伝する。他にも何箇所か、モンスターのせいで危険に晒されている地域を解放させよう」
「……しかしモンスター退治は、神羅軍の役目では」
ハイデッガーの言葉に、プレジデントは「フン」と、軽蔑したように鼻を鳴らす。
「ムスペルヘイムでの体たらくを忘れたのかね?だが次の遠征では、セフィロスに神羅軍を同行させる。目的は兵士たちに、セフィロスの強さを目の当たりに見せ付ける事だ」
「それは……何の為です?」
宣伝だよと、ハイデッガーにプレジデントは答えた。
「写真や映像などいくらでも誤魔化しが効く。まさかこんな子供が、と信じない者も、自分の眼で実際に見れば疑う事など出来まい」
兵士が自分の家族や友人に話し、彼らがまた知人や友人に話す__そうして広がる口コミは、安上がりで効果的な宣伝になるのだと、プレジデントは言った。
「しかも兵士の士気も上がる。一石二鳥だ」
「…そう、うまく事が運べば良いですが。下手をすれば児童虐待で会社のイメージを落としかねませんぞ」
「宣伝は宣伝のプロに任せれば良い。今までも、わが社はそうやって今の地位を築いたんだ」

ハイデッガーは改めて映像を見やった。
自在に高位魔法を駆使し、一刀の下にモンスターを斬り捨てるセフィロスの姿は、その美しすぎる容姿のせいもあって、現実味が感じられない。
セフィロスが古代種の細胞を埋め込まれて誕生した子供だとは聞いているが、スクリーンの中のセフィロスの姿は、彼のイメージする古代種とはかけ離れていた。
「……では、セフィロスは神羅軍の軍籍に入る、という事で宜しいんですな?」
「セフィロスを無能な兵士どもと一緒にされてたまるか」
不満げに言った宝条に、プレジデントは椅子を引いて向き直った。
「無論、セフィロスを普通の兵士と同じに扱う積りなぞ、無い。セフィロスは、特別なソルジャーだ」
で、と、口元に皮肉な哂いを浮かべ、プレジデントは続ける。
「魔法を使いこなす力は先天性のものとして、あの身体能力はどうやって身につけさせたんだね?」
「……魔晄だ」
宝条の言葉に、ハイデッガーは驚愕の表情を浮かべた。
「馬鹿な…。魔晄はモンスターには餌となるが、人間が浴びたら死んでしまう」
「それは普通に被曝した場合の話だ。それに、セフィロスは普通の人間なんぞでは無い」
「だがセフィロスに使った技術を応用すれば、特殊な能力を持ったソルジャーを他にも生み出すことが出来る__違うかね?」
プレジデントの言葉に、宝条は眉を顰めた__尤も、彼はいつもそんな表情(かお)をしているが。

セフィロスに魔晄を浴びせるのは、たやすい決断ではなかった。
ジェノバは仮死状態なので生体反応はあるのだが、身体の殆どが壊死していて生きて核を持った細胞は極僅かしか採取出来ない。
セフィロスにはその貴重な、生きた細胞を埋め込んだのだ。
そして、結果は素晴らしかった。
ジェノバから採取した細胞は驚くほどの生命力を発揮して他の細胞を駆逐し、増殖した。
受精卵は宝条とルクレツィアに由来するものだが、生まれた赤ん坊の遺伝子の殆どは、ジェノバのそれを受け継いでいた。
つまりセフィロスは、ジェノバの持つ能力をそのまま継承している。
だが圧倒的な生命力の他にジェノバがどんな能力を有しているのか、それは未知数だ。
それで宝条は試みにセフィロスにマテリアを与え、ほどなくセフィロスは魔法を自在に使いこなせるようになった。
だがそれでは不十分だと、宝条は思った。
マテリアが無ければ、魔法は使えないからだ。
それでマテリアそのものの力を体内に宿させる為に、マテリアを造り出す源である魔晄を浴びせる事を考えた__と言っても、初めにその発想を口にしたのはガストであって、宝条では無いが。

動物実験では、高濃度の魔晄を浴びせた動物には著しい戦闘能力の向上が観察された。
だが殆どのケースでは実験サンプルはモンスター化してしまったし、そうでなくとも凶暴性が増して手のつけられない状態になってしまう。
魔晄の濃度を変え、様々な動物で実験したが、結果ははかばかしく無かった。
それで宝条は膨大な書物を読み漁り__それには科学的な文献だけでなく、民間伝承や文学作品も含まれていた__魔晄のもたらす力を制御するのは、高度な知能と強い意志である、との仮説に達する。
そして宝条は対象を人間に変え、様々な濃度で魔晄照射実験を行なった。
神羅カンパニーは警察機構と癒着していたので、実験体として死刑囚や終身刑の囚人を手に入れるのは容易かったのだ。
人体実験の結果は宝条の仮説を裏付けるものだったが、高濃度の魔晄を浴びせたサンプルは全てモンスター化してしまった。
薄めた魔晄では戦闘能力の向上にも限度があり、実験として成功したとは言えない。
それで宝条は実験体にジェノバ細胞を埋め込み、更に魔晄を照射した。
その結果、モンスター化は防げるようになったものの、精神崩壊を起し、廃人となってしまう。

普通の人間を使った実験結果の思わしくない事に業を煮やした宝条は、セフィロスと同じく受精卵の状態でジェノバ細胞を__間接的にだが__埋め込まれたジェネシスを使って実験する事にした。
貴重な細胞を使って誕生したセフィロスは、それだけ貴重な存在だ。
失う訳には行かない。
一方のジェネシスは、宝条から見ればただの失敗作に過ぎない。
それでも宝条がジェネシスに高濃度の魔晄を浴びせなかったのは、ジェネシスには今後も試作品(プロトタイプ)としての利用価値が残っていると看做したからだ。
そしてジェネシスはモンスター化する事も精神崩壊を起す事も無く、魔晄の照射に耐えた。

ジェネシスでの実験結果に一定の自信を得、宝条はセフィロスに魔晄を照射する実験を開始した。
初めは低濃度の魔晄を短時間、照射し、血液や脳波を厳重にモニターした。
問題の無い事を確認すると、徐々に濃度を上げ、照射時間を延ばす。
魔晄濃度がある一定の値を超えた頃から、セフィロスは魔晄を浴びるのを嫌がるようになった。
だが、血液や脳波に異常は見られない。
宝条は嫌がるセフィロスに無理やり高濃度の魔晄を浴びせ続け、その一方でシミュレーションを使った戦闘訓練を受けさせた。
その長い試行錯誤の成果が、ムスペルヘイムでの初陣だ。

「…理論的に不可能だとは言わないが、時間がかかる。それに時間をかけたとしても、セフィロスと同レベルの能力を持った者など、造れはせんよ」
プレジデントの強欲さに半ば呆れながら、宝条は言った。
ライフストリームを電力のように利用する技術のお陰で、この男は巨万の富と国家元首にも匹敵する権力を手に入れた。
それでも、まだ足りないと言うのか。
尤も、その飽くなき欲望が次の要求を生み出し、結果として宝条の飽くなき研究心を支える源となっているのだが。
「現生人類が古代種と異なるのは判っておるよ。だが理論的に可能と言うなら、実験を続け給え。予算と実験サンプルは、好きなだけ使って良い」
お言葉ですが、と、ハイデッガーが口を挟んだ。
「モンスター退治の為のソルジャーに、それだけの価値があるとは思えませんが。国内の魔晄炉建設は、もう需要を賄うのに必要な供給水準を満たしており__」
「ウータイだ」
ハイデッガーの言葉を遮り、プレジデントは言った。
「セフィロスを広告塔として世論を味方につける事に成功すれば、ウータイとの戦争に市民の支持を取り付けられる」

ウータイは広大な国土と膨大な人口を擁する大国で、その国土には豊富な魔晄が眠っているのだとの調査結果が出ている。
神羅カンパニーは魔晄の供給源、そして同時に魔晄を消費する神羅の『得意客』となる可能性を秘めたウータイに目を付け、ウータイ政府に魔晄採取権を認めるよう、交渉を求めていた。
が、ウータイの独裁政権は自らの支配に神羅の影響が及ぶ事を危惧し、交渉を拒絶したのみならず、調査の為ウータイ国内に派遣されていた神羅社員をスパイ容疑で逮捕、処刑した。
プレジデントは激怒して、ウータイ相手の戦争も辞さない構えだったが、ウータイに攻め入るのは侵略戦争に他ならない上、大国相手の戦争は長期化が予想され、市民の賛同が得られるとは考え難い。
国家権力に匹敵する実力を持っているとは言え、神羅カンパニーは所詮、私企業。
大衆の支持も無しに軍事行動は起こせないし、何の正当性もない侵略戦争では、兵士の士気も保てない。
そのせいでウータイとの戦争に踏み切れずにいたプレジデントは、高い戦闘能力とカリスマ性を持ったセフィロスの映像に、狂喜したのだった。
「そんな……」
低く、ハイデッガーは呻いた。
「確かに戦闘能力は高いでしょうが、こんな子供一人を旗印にして、対ウータイの戦争を始める…と?」
「中世のヨーロッパには、祖国解放戦争を勝利へと導いた少女がいた。今の大衆は当時の民衆ほど純朴ではないが、象徴の持つ意味の大きさは変わってはおらんよ」
今すぐに、という訳では無い、と、プレジデントは続けた。
「セフィロスにもっと実績を上げさせて大衆の認知度を高めるのが第一だ。そして脇を固めるソルジャーも必要になる。セフィロス一人では、一般の神羅兵との格差がありすぎるからな」

即座にソルジャー・プロジェクトが開始され、多くの囚人や兵士が人体実験の犠牲となった。
魔晄濃度が高すぎるとジェノバ細胞を埋め込んでいてもモンスターに変貌してしまい、低濃度でも精神崩壊を起こして廃人となるのは避けられない。
だがやがてその中から__高濃度の魔晄を浴びなかった者に限ってだが__モンスターにも廃人にもならず、人並みはずれた戦闘能力を持つ者達が生まれた。
ソルジャーの誕生である。
しかしその能力にはかなりのばらつきがあった為、ソルジャーは1stから3rdの3階級に分けられた。
と言っても、当初のクラス1stは、セフィロスのみだったが。

一方でセフィロスはモンスター退治に次々と功績を立て、その無垢な美貌と巧みな宣伝の効果もあって、たちまちミッドガル市民を虜にした。
セフィロスに憧れて神羅軍に入隊する少年や、ソルジャーに志願する兵士が増え、私企業が軍隊を保有する事に対する反発は、一気に下火になった。



「戦うのは楽しいかね、セフィロス?」
定期健診の為に研究室に戻って来たセフィロスに、宝条は訊いた。
ソルジャーとして戦うようになってから、セフィロスは研究エリアを出、プレジデントが用意した部屋に移り住んでいた。
とは言っても、その部屋は神羅本社ビル内にあるので、同じビル内で階を移っただけだが。
それだけの移動でも、宝条は難色を示した。
ただでさえ外に出て戦うのは、セフィロスに取って新しい経験なのだ。
だから住まいまで移して環境を一気に変えたくなかったし、自分の監視下を離れてしまう事への危惧の念もあった。
一方のプレジデントは宝条をソルジャー・プロジェクトに専念させる事と、宝条のセフィロスへの影響度を減らす事を目論んでいた。
神羅カンパニーの広告塔となったセフィロスが、会社への忠誠心の低い__と言うより全く無い__宝条の影響下にあるのは好ましくないと判断したのだ。
宝条は膨大な研究予算と引き換えに渋々、セフィロスが研究エリアを出る事に同意したが、幾つかの条件を付けた。
週に一度の定期健診も、その条件の一つだ。

「…もう、飽きた。大して強いモンスターもいないし」
採血の後、脳波測定を受けながら、セフィロスは言った。
「新しい部屋は?気に入っているのかね?」
「ここよりは、ずっと良い」
「ほう。何故だ?」
セフィロスは煩そうに宝条に視線を向け、すぐに目を逸らした。
そして、答える。
「ここには宝条がいる」
ククッと、宝条は哂った。
嫌われる事には慣れているので何とも思わない。
むしろ、心地よい。
「ムスペルヘイムあたりで燻っているようなモンスターどもでは、お前には役不足か。それならば、もっと違う敵と戦わせてやる」
「…違う、敵?」
そう、セフィロスは訊き返した。
無表情だが、興味を示しているのが宝条には判った。
「今までのモンスターとは、全く異なる相手だ。それに、もっと遠くに行かせてやろう」
「…遠くって…?」
「ウータイだ。この国とは全く異なる文化と宗教と政治体制を持つ、東洋の大国だ」
宝条が言うと、セフィロスはまじまじと宝条を見つめた。
「宝条の、祖国なのか?」
「ウータイなんぞ、私の祖国であるものか。それより……私が東洋人であるなどと、誰に聞いた?」
「見れば、判る」
セフィロスの言葉に、宝条は眉を顰めた。
「…研究室を出てから、小ざかしい口を利くようになったな、セフィロス」

研究室にいた頃のセフィロスの知識の源は、宝条の与える本だけだった。
今でもセフィロスに『余計な』情報を与えない事が、セフィロスを研究室から外に出す時に宝条がつけた条件の一つだ。
だがプレジデントは宝条の意見を無視して、セフィロスの記事の載っている雑誌をセフィロスに与えた。
セフィロスは自分の記事には関心を示さなかったが、他の記事には興味を持ったようだった。
そこから色々な事に興味を示し、宝条の監視の目をかいくぐって様々な情報を手にしていた。
「神羅カンパニーはウータイでも魔晄炉を建設しようとしているらしいな。だが、ウータイはそれを拒絶している」
「…すぐに拒絶など出来なくなるさ」
何故?、とセフィロスは問うた。
宝条は、口元を歪ませて哂う。
「お前が、奴らを叩き潰すからだ」



[μ]era-1970。ミッドガル市長の名の下に、ウータイに対し、宣戦布告がなされた。
セフィロスのムスペルヘイムでの初陣から、僅か10ヶ月後の事だった。








いたいけな子供を利用する悪い大人たち。
リーブもこの頃、既に統括やってますけど立場が弱いのでこの場に呼ばれてません。
スカーレットはまだ下っ端の時代ですね。
研究室を出たセフィロスには身の回りの品など全て会社から支給され、例の高級シャンプー&リンスもこの頃からご愛用です。
この当時はまだ腰くらいまでの長さだったので、1回に1本は使い切らなかったと思われます(笑)

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