Plutinum Dream



(13)

それが、魔晄を浴びた影響なのかどうかは判らない。
ただ彼女はその日からひどく体調を崩し、繰り返し嘔吐し、高熱にうなされた。
そしてそれとは対照的にセフィロスの熱は下がり、スープくらいは食べられるまでに回復した。
私は彼女が苦しむ姿を、為すすべも無く見守るしか無かった。
数日後には彼女の容態は落ち着いたが、寝込んだままでいた。
セフィロスはすっかり元気になり、また外に行きたいと駄々をこねて、私を困らせた。
「私の事は良いから…あの子をまた、森に連れて行ってあげて」
私がその事を話すと、彼女は弱々しい声でそう、言った。
「…判った」

私はサンドイッチを作り、それをバスケットに入れてセフィロスと森に出掛けた。
前に来た時よりも寒くなっていて、葉の落ちた木は寒々しく見えた。
咲いている花も無く、セフィロスはすぐに飽きてしまったようだ。
それで私は、長居もせずに屋敷に戻った。
そしてそこに、思いもしなかった相手の姿を認めた。

「宝条……」
愕然として、私は相手の名を呼んだ。
私を撃ち、瀕死の私を実験台にした男の名を。
そして一体、どうしてここが判ったのかと訝しむ。
前にセフィロスと彼女を連れて森に行った時に、村人か誰かに姿を見られていたのか……
「灯台下暗しとはこの事だな。まさか…選りによってここに戻っていたとは」
言って、一歩、歩み寄った宝条に、私は銃を抜いた。
左腕でセフィロスを抱きかかえたまま、右手で宝条に照準を定める。
「子供を抱いたまま銃を撃つのは、余り感心せんな」
銃を突きつけられても表情を変える事も無く、そう、宝条は言った。
私は宝条に銃口を向けたまま、セフィロスを床に降ろした。
「ここは危ないから、部屋に戻っていなさい」
セフィロスは数歩、後ずさったが、その場で立ち止まった。
物心ついてから、セフィロスが会った事のある人間は、私と彼女だけなのだ。
初めて見る未知の男を、不思議そうに見つめている。
「セフィロス。こっちに来なさい」
そう、宝条はセフィロスに言った。
「行っちゃだめだ、セフィロス。その男は、君を誘拐しようとしているんだ」
「私の元からセフィロスを奪い去った癖に、何を言う」

憎々しげに、宝条は私を睨んだ。
それから、セフィロスに視線を向ける。

「思っていた通り、栄養状態も発育状態も、余り良くないようだな。全く…一体、どんな育て方をしたのだか」
宝条はその場にしゃがみ、まっすぐにセフィロスを見て口元に幽かな笑みを浮かべた。
「私と一緒に来るんだ、セフィロス。そうすれば、お前の為に最高の環境を用意してやる」
「セフィロスを実験体扱いするのは止めろ…!」
思わず、私は言った。
宝条は私を見、フン、と、不遜に鼻を鳴らす。
「セフィロスはこの世に2体といない、貴重なサンプルだ。こんな場所で埋もれていて良い存在ではない」
「…セフィロスは__」
「こんな片田舎の屋敷に一生、閉じ込めておく積りか?」

宝条の言葉に、私は何も言えなかった。
たとえ神羅がセフィロスを追わなくなったとしても、セフィロスには『普通』の生活など望めないだろう。
セフィロスは余りに目立つし、学校にでも行かせれば、DNAが人間とは異なることが周囲に知られる恐れがある。
外に出れば様々な危険があるし、そうなればセフィロスは身を護ろうとして、再び魔法を使うかも知れない。
本人と周囲の人間を護るために、この神羅屋敷に閉じ込めておく他にどんな方法があるのか、私には思いつかなかった。
そして既に3歳の今でさえ、外に出たがって駄々をこねるのだ。
もっと成長すれば、屋敷から一歩も外に出られない生活など、耐えられなくなるだろう。

それでも…と、私は言った。
「それでも…実験体にされるよりはマシだ」
「その子をこちらに渡したまえ。大人しくセフィロスさえ渡せば、君とあの女には手出ししない」
私は、首を横に振った。
宝条は、肩を竦めた。
それから、改めてセフィロスに向き直る。
「私と一緒においで、セフィロス。お前の、本当の母親の所に連れて行ってやろう」
ぴくりと指先が震えたのを、私は自分で感じた。
セフィロスは大きく目を見開き、宝条を見つめている。
「ほんとうの…ママ…?」
「騙されるな、セフィロス。その男は嘘吐きだ。君のママは、ルクレツィアだけだ…!」
宝条は私を見、冷たく笑った。
そして立ち上がり、一歩、後ずさる。
「だったらセフィロス自身に選ばせようじゃないか。このままあの狂った女の許にいて、一生、この屋敷に閉じ込められる生活を選ぶのか、私と共に来て、本当の母親に__」
「嘘だ!全部、でたらめだ…!」

黙って聞いていられず、私は宝条の言葉を遮った。
が、私が声を荒げたせいで、セフィロスは怯え、数歩、後ずさった。
私は焦りを覚えた。
今にして思えば、その時既に、私には結果が判っていたのだ。

「ほんとうに…ほんとうのママなの…?」
いとけない声で、セフィロスは宝条に訊いた。
宝条は頷く。
そしてセフィロスがゆっくりと宝条に歩み寄るのを、私は呆然と見つめていた。
宝条はセフィロスを抱き上げ、幽かに眉を顰めた。
「酷いものだな。こんなに痩せて…」
尤も、と、宝条は続けた。
「予想通りではあるがね。あの女の精神状態と知識レベルでは、とてもセフィロスをまともに育てられる筈が無い。だから引き離したんだ。手遅れになる前に、ここを発見できて良かった」
私は銃を降ろすのも忘れ、ただ呆然とセフィロスを見つめた。
そして宝条が部屋を出て行き、私の背後でドアが閉まる音を、為すすべも無く聞いていた。

寝室に戻ると、彼女が窓から外を見ていた。
振り向き、不安げな表情で私を見る。
「外で車が走り去るみたいな音がしたようだったけど、まさか……」
「……許してくれ」
そう、私は言った。
「宝条が来て……止められなかった…」
「どうして…!?」
彼女は私に歩み寄りかけたが、途中で立ち止まった。
それから、視線を落とす。
「報いを…受けたのね……」
呟き、彼女は崩れるようにして、その場に倒れた。



翌朝、私が目覚めた時、既に彼女の姿は無かった。
あんな身体ではそう、遠くに行ける筈は無いと思ったが、私は彼女を追わなかった。
------私に、愛される権利は無いわ。あなたにも、あの子にも…
彼女の言葉とうつろな表情が、私の脳裏に蘇る。
彼女との初めての夜、代償でも構わないと思った。
だがそれは、代償がいつの日にか真実の愛に変わるのだと、無意識の内に期待していたからだ。
彼女が私に父の面影を見ていただけなのだと気づいてからも、私は期待する事を止められなかった。
私の想いが彼女の負い目を深くするだけなのだと判っていながら、それでも彼女を手放せなかった。
セフィロスの側にいれば彼女は幸せなのだと、少なくともそれだけは真実の愛なのだと私は信じていた。
信じていたかった。
彼女がセフィロスと共にいて幸せになれるのなら、あの時、彼女を止められなかった私の罪が償えるのだと、そう、信じたのだ。
人間とは、信じたい事を信じる生き物だ。
そしてそれは、人に希望を与える__残酷な、絶望も。

彼女は姿を消し、セフィロスは宝条の許に戻った。
そして私は、神羅屋敷の地下で、眠りに就いた。
それ以外に罪を償う方法を、私は知らなかった。





7年後。
「瞬発力、持久力、腕力、膂力__全て期待通りの数値に仕上がっている。素晴らしい…実に、素晴らしい」
コンピュータのアウトプットを見ながら、上機嫌で宝条は言った。
「だったらもう、検査は良いだろう?」
対照的に、幾分か不機嫌そうに、セフィロスは呟いた。
透けるような肌の白さは神羅屋敷にいた頃と変わらないが、その頃よりはずっと血色が良い。
銀糸を思わせるしなやかな髪は、背を覆う程に伸びていた。
まだ子供なので骨格は華奢で細身だが、同じ年頃の少年よりは長身で、見た目からは想像もつかない力強さを身につけている。
「肉体的には完璧だが、精神面でのチェックが残っている。何しろ明日はお前の初陣なのだからな。完璧なスタートで飾ってやらねばならん」
「また100の質問シートに答えるのか?」
うんざりした表情で言ったセフィロスを、宝条は改めて見た。
そんな不満げな表情でいても、セフィロスは美しい。
むしろ玲瓏な美貌に憂いが加わる事で、一層、引き立つのだ。
そしてその華奢な身体には、たおやかな外見を裏切る力が秘められている。

この7年の間、宝条は己の持てる知識と技術の全てをつぎ込んで、セフィロスを大切に育ててきた。
セフィロスは素晴らしい素材だ。
マテリアを与えればすぐに高度な魔法を習得し、剣を与えれば獰猛なモンスターも一撃で斃す。
もうすぐ『英雄』が誕生するのだ__シミュレーション映像を見、プレジデントは幾分か、興奮してそう、言っていた。
そしてそんなプレジデントを愚かだと、宝条は思った。
彼が創り上げようとしているのは、そんな世俗に塗れた存在では無い。
彼が創ろうとしているのは、『神』だ。
そしてセフィロスの比類なき強さと類稀な美貌は、凡人には思い及びもしない己の野望を実現するのだと、宝条は信じていた。

「質問シートなどは使わんよ。そもそもあんな下らないものは、私の発案じゃない」
言って、宝条は首を横に振った。
それから、2枚の写真を取り出す。
1枚目には、はしばみ色の髪と瞳をした美しい女、2枚目には黒髪の若い男が写っている。
「この2人に、見覚えはあるかね?」
「…俺が会った事のある人たちなのか?」
僅かに考えてから、セフィロスは首を横に振った。
そして、逆に宝条に尋ねる。
「覚えていないのなら、それで良い。では、これは?」
3枚目の写真を、セフィロスはじっと見つめた。
そこに写っているのは、翼のある女性をかたどった、銀色の金属の像だ。
「母の墓標だ__俺にそう、言ったのは宝条だろう?」
「あの時の事を、覚えているのかね?」
忘れるはずが無いだろうと、幾分か不機嫌そうにセフィロスは言った。
「あの時、俺は宝条に騙されたんだ」
「騙してなどおらんよ。私はお前を母親の元に連れて行くと言って、その通りにした」
宝条の言葉に、セフィロスは整った眉を幽かに顰めた。
それから、再び視線を写真に戻す。
「そうだったな…。母に会わせるとは、言わなかった」
「他に、何を覚えている?」
まっすぐにセフィロスを見遣ったまま、宝条は訊いた。
「母は、俺を産んですぐに死んだのだとあの時、聞かされた。それだけだ__こんな質問が必要なのか?」
「必要だから訊いているんだ。私は、無駄な事はせんよ」

執着心は、時として判断を狂わせる。
だから宝条は、セフィロスが何ものにも執着しないように育ててきた。
希薄な人間関係も、物質的な充足も、その為だ。

セフィロスは暫く黙って写真を見つめていた。
それから、「ここはどこなんだ?」と訊く。
「行きたいのかね、その場所に」
セフィロスを見遣ったまま、宝条は訊いた。
セフィロスは僅かに躊躇い、それから、首を横に振った。
「墓になんか行ったって、母さんに会える訳じゃない…」
「…お前は賢い子だな。期待通りだ」
言って、宝条は再び満足そうに笑った。





あの頃の事は、今でも時折、夢に見る。
夢に見ると言うより、あの頃の記憶そのものが、夢だったかのようだ。
だがこの疼く様な胸の痛みは、確かに夢では無い。
今の私が確かだと言えるのは、ただこの痛みだけだ……











もしもセフィロスが宝条ではなくルクレツィアに育てられていたら幸せだったんだろうかと考える事があるんですが、DCを見る限りではそうはならないだろうな…と思います。
ルクレもそれが判っててセフィから離れたんじゃないかと。
この話では宝条に追い出されてますが、実際には自分で赤ん坊棄てて出て行っているので。

ともあれ、書きたかったのはひたすら可愛い仔セフィです♪
公式で仔セフィのCGとか作ってくれないかな…
まあ、ジェノバっ子なので、可愛いだけじゃないですけど。

壁紙はPLATINUM PRIDEのayaさんから頂いた画像を加工したものです。
イメージとしては、12,3歳位に成長して英雄として有名になっているセフィロスの写真をルクレがどうにかして手に入れて思いを馳せる…という姿ですが、原作のルクレはセフィがどんな風に成長したかすら知らなかったみたいですね…;
そんなこんなで、うちのセフィの母さんはあくまでジェノバであって、ルクレは産んだだけの代理母みたいな存在です。

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