ニブルヘイム便り

(2)



「アンジール?」
僅かに顔色を変え、表情を曇らせた幼馴染に、ジェネシスはどうした?と尋ねた。
「この前の事があってから、セフィロスは少し神経質になっているからな。俺が掃除の為に、ジェノバの部屋に入るのも嫌がるくらいだ」
「……マズイ、な」
数ヶ月前にメテオを呼ばれた時の事を思い出し、ジェネシスも眉を顰めた。

ちなみに、セフィロスが嫌がりはしても、結局ジェノバの部屋を掃除するのはアンジールだ。
この神羅屋敷で一緒に住むようになってから、アンジールは多大な労力を費やして坊ちゃん育ちの幼馴染を再教育し、自分の部屋の掃除くらいは自分でやるように躾けた。
一方のセフィロスは性格は割と素直なので「掃除をしろ」と言えばやろうとはするが、ありえない位に不器用なので__掃除をしようとしただけで部屋を破壊するのを『不器用』と呼べればだが__部屋の掃除も料理の手伝いも、何もさせられない。
それでセフィロスとジェノバの部屋の掃除もアンジールがやっていたのだが、それを見たジェネシスが「不公平だ」と文句を言い出し、結局、ジェネシスの部屋もアンジールが掃除する羽目になってしまった。
子供ではないのだから放っておけば良いのだが、ついつい世話を焼いてしまうのがアンジールの性分だ。

「またあの馬鹿犬が何かしでかさない内に止めなければ」
言って踵を返したジェネシスに、ザックスと一緒にしでかしてくれたのはお前だろうと、アンジールはツッコミを入れたくなったが、口を開かなかった。
今は、ザックスを止めるのが先決だ。
アンジールはジェネシスの後を追い、幾分か緊張した面持ちで、2階奥の部屋の扉を開けた。

「さすがセフィのオフクロさんだけあって、いつ見ても美人っすねー」
そこで2人が見たのは、カプセル内で魔晄漬けになっているジェノバに、明るく話しかけるザックスの姿だった。
「それにすごく若いし。え?やだなぁ、お世辞じゃないっすよ」
ハハハ…と笑うザックスを、クラウドは呆然とした面持ちで見詰めている。
一方のセフィロスは、ザックスに『母親』を誉められて上機嫌だ。
「……おい。お前のペットは、アレと会話が出来るのか?」
「アレとか言うな。セフィロスに聞かれるぞ」
小声で訊いたジェネシスに、アンジールも小声で返した。
セフィロスがジェノバに話しかける姿を2人とも時折、見掛けてはいるが、それは「親のいない子」として育ったセフィロスが寂しさを紛らわせる為にそうしているのだろうと思い、そっとしておいてやる事にしている。
少なくともアンジールとジェネシスの2人はジェノバの声を聞いた事は無いし、そもそも生きているのかどうかも怪しいと思っている。
「いやほんとマジで。オフクロさんみたいな美人、オレ、他に見たことないなー」
唖然とする周囲__セフィロスを除く__の反応など全く眼中にないかのように、ザックスは明るく続けた。
「そりゃ勿論、エアリスはすっごく可愛いケド。あ、エアリスってオレのカノジョね。エアリスは綺麗で可愛いけど、オフクロさんは美しいとか麗しいってカンジかな」

確かに顔立ちは整っているが、頭に変な機械をつけてチューブに繋がれて魔晄に浸かって眼が光っている姿はちょっと怖いぞ__アンジールとジェネシスは内心で思ったが、そんな言葉、口が裂けても言える筈が無い。
特にジェネシスはCCでジェノバをモンスター呼ばわりしてセフィロスの機嫌を損ねてしまったので、今は気を使うようにしている。
その割りに「アレ」とか言ってしまうのが、ジェネシスの悪い癖だ。

「でさ、セフィ。今日はこいつがセフィに頼みたい事があるって言うから連れて来たんだけど」
「…頼み?」
ザックスの言葉に、セフィロスは視線をクラウドに転じた。
セフィロスは床に直接置いたクッションの上に座っていて、その背に翼は無い。
ジェネシスとアンジールは翼を現した状態でいる方が楽なので、外出する時以外は翼を生やした状態でいるが、セフィロスは翼を現すのも見えない状態にするのも自在で、特にどちらが楽という事も無い。
朝、起きた時に翼に寝癖がついているのが悩みのアンジールに取っては羨ましい限りだ。
ちなみに、ジェネシスも寝癖がつくのだが、自室を出る前に綺麗に直して、そんな事などない風を装っている。

「ホラ。自分で言えよ」
ザックスに背中を押されてクラウドが前に出ると、セフィロスの表情が幾分、険しくなる。
それだけで萎縮してしまい、クラウドは俯いた。
「もー、クラウドってばシャイなんだから。そんなに照れてちゃ話が出来ないだろ?」
ばしばしとクラウドの頭を軽く小突いてザックスが笑う。
それのどこが照れているように見えるんだ?__アンジールは思ったが、黙っていた。
再度、ザックスに促され、漸くクラウドが口を開く。
「あの……ACCの撮影が進まなくて困るからセフィロスさんを連れて来いって、監督に言われたんですけど……」
クラウドの言葉には答えず、セフィロスはつん、と顔を背けた。
クラウドはそれ以上、何も言えず、しゅんとして再び俯く。
「なあ、アンジール。セフィって何か機嫌悪いの?」
本人の目の前であるのも構わず、ザックスがアンジールに訊いた。
「…詳しくは知らんが、DFFの撮影現場で嫌な事があったらしい」
ザックスを側に手招き、小声でアンジールは言った。
「嫌な事?」
「何か、他の出演者に色々言われたらしい。『結局、何がしたい?』とか、『実は何も考えてないとか?』とかまあ、そんな事を」
それに、と、更に声を潜めて、アンジールは続けた。
「プレイヤーからも『電波』だとか『クラウドのストーカー』だとか、酷いのになると『変態』だなどと……」
「えー、何ソレ。そんな事言うやつ、バッカじゃねえの?」
「愚かしいにも程がある。おおかた、セフィロスの美しい肉体に嫉妬したのだろうが」

アンジールの言葉に、ザックスとジェネシスが揃って言った。
せっかく小声で言ったのに、それじゃ本人に丸聞こえだと、アンジールは肝を冷やしたが、ジェネシスとザックスの2人はセフィロスへの中傷に怒りが収まらないようだ。

「『電波』って何だよ、『電波』って。確かにセフィは時々、何言ってるか判んねえ事があるけど、そこが可愛いんじゃん」
「セフィロスのアナザー・フォームが余りに官能的なので、勝手に浅ましい妄想でもしたのだろうな。変態と呼ばれるべきなのは、その痴れ者どもの方だ」
お前らそれ、あんまりフォローになってないぞ__内心で、アンジールはぼやいた。
「んで、『クラウドのストーカー』って、何で?オレもあのゲームやったけどさ、クラウドが戦う意味が判らないとか何とかごねてたから、セフィが理由を与えてやっただけじゃねぇの?」
「……俺のせいなんだ…」
暗く、クラウドは呟いた。
「俺だって一生懸命、頑張ってるのに、他の出演者から、『せっかく皆でクリスタルを手に入れようって盛り上がってるのに、戦う理由とか何とか言い出して空気嫁』とか、まっぱにボディ・ペインティングしただけみたいなおばさんに楽屋裏に呼び出されて、『わしと同じ名とは生意気だ』とか睨まれたり……」
もう、俺、イヤだ。星に還りたい__どんより沈んでえぐえぐし始めたクラウドに、ザックスは歩み寄ってがしがしと頭を撫でた。
「大丈夫だって、クラウド。お前は根暗でヘタレだけど、それも立派な個性じゃないか。オマエのそーゆーとこ、オレは好きだぜ?」
だからそれ、フォローになってないぞ__再び、アンジールは心中でぼやいた。
「だけど俺…もう、戦いたく無い。もう怖いのヤなんだよ!!」
どこのニュータイプのパクリだ、というセリフをクラウドが口にした時、バサッという羽音と共に、セフィロスの背に黒い翼が現われた。

「案ずるな。恐怖は一瞬だ」
言って、セフィロスがゆらりと立ち上がる。
その整った口元には、冷たい笑みが浮かんでいた。

「まずい…。あの翼の大きさ。あれはACバージョンだ」
低く、アンジールは呟いた。
セフィロスの翼は作品ごとに異なった様式があるが、ACでは全身を包む程の大きさなので、他作品よりもサイズが大きめだ。
そしてACバージョンのセフィロスは、数ある作品中でも最もドS度が高い。
ドSスイッチの入ってしまったセフィロスは、自分たちの手には負えない__緊張し、アンジールとジェネシスは顔を見合わせた。

「あ、セフィ。仕事やる気になったんだ?」
その緊張を軽く無視し、明るくザックスは言った。
「良かったな、クラウド。オレもまだ出番あるし、またエアリスにカッコ良いとこ、見せられるなー」
片腕でセフィロス、もう一方の腕でクラウドと腕を組み、ほがらかに笑ってザックスは言った。
一方にこの世の者ならざる凍りつくような雰囲気、一方にどんより曇りまくった空気、そして真ん中が天真爛漫の権化のような明るさという、訳の判らない取り合わせだ。
「そんじゃアンジール、またな。セフィのオフクロさんも、また今度」
ひらひらと手を振って、ザックスはセフィロスとクラウドと共に屋敷を出て行った。
「……大丈夫なのか?」
3人が出て行った後、ジェネシスは呟くようにして訊いた。
さあな、と、アンジール。
「取り敢えず、無事、仕事に行ったんだから、大丈夫なんじゃないのか?」
そう、アンジールは答えたが、この時はアンジールもジェネシスも知らなかった。
ACCでは、セフィロスのドS度が、ACを遥かに上回っている、という事を。

この後、暫くの間、ジェネシスとアンジールの2人はACCバージョンのセフィロスと一緒に暮らす羽目に陥るのだが、それはまた後の話である。








セフィロスもアンジェネも他の皆も幸せに暮らせたら良いのに……という訳でパラレルです。
ACCのリリース過ぎてますが、リリース前のお話って事で。
エアリスもザックスも生きているけどACやACCがあるって、どういう設定なんでしょう(^^ゞ
多分、ここでのACやACCって、あの映像作品とは別物なんです、多分(←多分、て;)
まあ、とにかく、セフィが幸せなら私はそれで良いんです。
今回は、それほど幸せそうでもなかったので、次回はもっと頑張ります(^_^;)
その内、シリアスなパラレルで悲劇を回避したストーリーというのも書いてみたいですが。


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