ニブルヘイム便り2
(3)
「何だと…!?」
テーブルからティーポットを叩き落さんばかりの勢いで、ジェネシスが訊き返した。
「俺という者がありながら……!」
キッチンから駆け出そうとしたジェネシスの腕を掴んで、アンジールは止めた。
「どうする積りだ、ジェネシス?ていうか、何を怒ってる?」
「これが怒らずにいられるか。俺たちはセフィロスから細胞を分け与えられた存在だぞ?その俺達に何の断りも無く、どこの馬の骨とも判らん女にまで細胞をばら撒く積りか……!」
ジェネシスの言葉に、アンジールの頬の赤みが増した。
「そういう言い方は止せ。それじゃまるで、俺たちがとんでもない方法で細胞を貰ったみたいじゃないか」
「とんでもない方法って?」
きょとんとした表情でザックスに訊かれ、しまった、と、アンジールは思った。
明らかに、墓穴を掘ってしまった。
「と…にかく、いくら友人でもプライバシーは尊重すべきだ。家に連れて来るならひと言、言って欲しかったとは思うが……」
ぼやくように言って、アンジールは再び眉を曇らせた。
ジェネシスはその腕を振り払う。
「プライバシーより、セフィロスの為を優先すべきだ。セフィロスはかなりの世間知らずだからな。大方、撮影に行った先でタチの悪い女に引っかかったのだろう」
「…決め付けるのはどうかと思うが…」
「それを見極めるためにも、様子を見に行くべきだ」
「それってさ。ただのデバガメじゃね?」
ぶちっ。
ザックスの言葉に、再びジェネシスの何かがキレる。
が、何とか理性を総動員して剣を抜くのは抑えた。
さもないと、おやつ抜きになる。
「……貴様はセフィロスが碌でもない女に騙されて弄ばれても良いのか?」
「そんな事にならないように、セフィはオレが護る」
貴様如きに何が出来る__言いたいのを、ジェネシスはぐっと堪えた。
「…という訳で、様子を見に行くぞ」
「おう!」
なし崩し的にザックスを自分のペースに嵌めたジェネシスは、そのザックスを従えてセフィロスの部屋に向かう。
その2人の姿に、アンジールは改めて溜息を吐いた。
普段、仲の悪い2人だが、目的が一致すると、誰にも止められない位の勢いで行動するのだ。
さすがに放ってもおけないので、アンジールも渋々階段を昇る。
セフィロスの部屋の前に着くと、ドアにぴったり密着して聞き耳を立てている幼馴染とかつての後輩の姿に、もう一度、盛大な溜息が漏れた。
「…やけに静かだな。最中ではなく、事後か」
呟くジェネシスの言葉を聞かなかった事にして、ドアをノックする。
暫く待ったが、返事は無い。
「そう言えば、さっき見た時、眠っているみたいだった。そっとしておいてやろう」
アンジールの言葉に、ジェネシスは幽かに眉を顰める。
「2人とも、眠っていたのか?」
「いや。相手の女性はベッドの上に座っていた」
「なのに何故、ノックを無視する?」
「それは……気まずいからじゃないか?」
アンジールの言葉に、ジェネシスは腕を組んで向き直った。
「まともな女なら気まずく思う必要なんて無いんじゃないのか?大体、俺たちがずっと家にいるのに、その女、いつの間に来たんだ?」
「俺たちに隠したかった……て事か…?」
「だが何故、隠す必要がある?矢張り、セフィロスは騙されて言いくるめられているとしか思えん」
言い切ると、ジェネシスはドアを何度か強くノックした。
それでも、部屋の中から反応は無い。
「入るぞ」
「ジェネシス、それは__」
アンジールが止める間もなく、ジェネシスはドアを開けた。
そこで3人が見たのは、ベッドの上に横座りで腰を降ろした全裸の女性と、その膝に頭を預けて眠るセフィロスの姿だった。
アンジールは思わず眼を逸らしたが、ジェネシスは構わず相手を見た。
透けるように白い肌。
長く滑らかな銀色の髪。
貴族的な鼻と、ほっそりした顎__
どこかで見たような、と言うより、セフィロスに良く似たその面差しは間違いない。
ジェノバだ。
だが、ジェノバならば魔晄に浸かり、身体にはさまざまなチューブや機械を取り付けられていた筈だ。
それに、腕もあるのか無いのかはっきりしなかった。
だが今、眼の前にいるジェノバは、一切の邪魔物を取り去って神々しいばかりに美しい肢体を取り戻している。
一体、ジェノバに何があったのか__
すっとジェノバが顔を上げ、こちらを見た。
その瞳はセフィロスと同じ碧(みどり)で、眼差しは凍りつくように冷たい。
ぞくりと、背筋が寒くなるのをジェネシスとアンジールは覚えた。
「なんだ。オフクロさんだったんじゃん」
そしてその緊張を無視するように軽く笑って、ザックスはつかつかとベッドに歩み寄った。
胸元はジェノバ自身の長い髪、腰の辺りから下は膝で眠るセフィロスの白銀の髪で覆われているとは言え、アンジールは目のやり場に困ったが、ザックスは全く気にしていない。
そして、ジェノバの膝で眠るセフィロスを見る。
「セフィ、寝ちゃったんだ。可愛いなあ」
まるでセフィロスが仔猫か赤ん坊か何かであるように、にこにこしてザックスは言った。
ぴくぴくと引きつるジェネシスの青筋を横目に眺めながら、身長2メートルもある大男のどこが可愛いのだか、とアンジールは内心で思った。
とは言え、改めて眠るセフィロスの顔を見ると、わずかに上がった口角が微笑んでいるように見えて、とても穏やかな表情だ。
そしてザックスの言葉に反応するかのように、ジェノバもうっすらと笑った。
それから、膝で眠るセフィロスの髪を、細い指でそっと梳く。
眠るセフィロスを見守るジェノバの眼差しはとても優しく、まるで聖母のようだ。
「美しい……な」
感動したように、ジェネシスは呟いた。
それから、深い溜息を吐く。
プライドが高く、ナルシストでもあるジェネシスが、他者を素直に美しいと認めるのは稀だ。
だが、そんなジェネシスでも認めざるを得ないだろうと、アンジールは思った。
安心しきったような穏やかな表情で眠るセフィロスと、そのセフィロスを優しく見守るジェノバの姿は、単に美しいだけでなく、その場に楽園が現われたかのような安らぎに満ちている。
「…事情は後で聞くとして、今は寝かせといてやろう」
アンジールの言葉に、ああ…とジェネシスは頷いた。
3人はあらためてジェノバとその膝で眠るセフィロスを見、それから、静かに踵を返した。
セフィロス幸せ化計画。
という訳で、母さん復活です。
今回は眠っているだけで、セフィのセリフもありませんでしたが;
ちなみにセフィが眠っているのは、ジェノバ復活の為に『力』を使い果たして、疲れてるからです。
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