Ginger Lily


「いよいよだな…」
「…ああ…」
アンジールの言葉に、ジェネシスは短く答えた。
いつもの幼馴染なら「緊張でもしているのか?」と小馬鹿にしたような言葉を返すだろうが、流石のジェネシスも今日は特別らしいと、アンジールは思った。
前の晩、ジェネシスの部屋で見た『英雄セフィロス』の切抜きを思い出す。
幼馴染が子供の頃からセフィロスに憧れているのは知っているが、それにしても集めた記事の多さと、それを宝物のように大切に扱うジェネシスの姿に改めて驚いたものだ。
尤も、それだけ強い想いが無かったら、ジェネシスのように優美さを尊ぶ男が、ソルジャーなどという無骨な職業を選んだはずは無いのだが。

------この写真、どの程度修整が入っていると思う?
切抜きを丁寧に机の上に並べながら、ジェネシスは訊いた。
どれも戦場での『英雄セフィロス』を撮影したものだ。
------セフィロスだけ別の場所で写真を撮って、戦場の写真と合成した…って言いたいのか?
眼の前にあるのは、4年前、初めてセフィロスの記事を雑誌で見た時の物だ。
自分たちと同年代の少年が大人顔負けの武勲を立て『英雄』と讃えられている記事を読んで、感動した事を思い出す。
特にジェネシスは、白銀の髪を靡かせてモンスターを一刀両断したセフィロスの姿を、いつまでも飽かず眺めていたものだ。
だが4年の月日が過ぎて改めて見てみると、写真の中のセフィロスは少年と言うより、ほんの子供だ。
もしも自分たちと同い年ならばわずか12歳だったという事になるのだから、これを合成写真だと疑いたくなるのも当然だ。
が、ジェネシスが言ったのはそういう事では無かった。
------そうじゃなくてセフィロスの顔だ。どの程度、修正されていると思う?
------修正……されていると思うのか?
------そんな事、思いたい訳ないだろう…!
苛立たしげに、ジェネシスは言った。
------だけど神様にこんなにも美しく創られた人間が、実際にいると信じられるか?
そう言ったジェネシスの横顔はとても真剣で、その声は幽かに震えているように感じられた。

不安なのだ、と、アンジールは思った。
ジェネシスはセフィロスに憧れてソルジャーになった。
少しでもセフィロスに近づきたくて必死に鍛錬し、困難な任務を買って出、戦果を上げた。
そうして入隊から僅か1年半足らずで1stに昇りつめたのだ。
それはアンジールも同じだし、子供の頃に『英雄セフィロス』に憧れたのはアンジールも一緒だ。
が、アンジールがソルジャーになり、1stを目指したのは__ジェネシスを放ってはおけないせいもあるが__主には経済的理由だ。
ジェネシスは違う。
ソルジャーになったのも1stを目指したのも、全てはセフィロスへの憧れと賞賛、殆ど恋と呼んでも良いくらいの強い想いの故だ。
だからジェネシスは、初めて直接会うことになるセフィロスが自分の思い描いていた偶像と異なっている事を、そのせいで自分のプライドを傷つけられる事を恐れているのだ。
------俺は信じられるけどな__いつもお前を見ているから
アンジールの言葉にジェネシスは一瞬、驚いたように眼を瞠った。
それから、鼻で笑う。
------そういう台詞、女の子に言えるようになればお前ももっともてるんだろうにな
------1stに昇格したばかりの大事な時期だ。浮ついてなぞ、いられるか
お前らしいな、と言って、ジェネシスは笑った。

今日の任務に差しさわりが無いようにと、アンジールは早々にジェネシスの部屋を引き上げたのだが、ジェネシスは夜更けまで切抜きを眺めていたのかも知れないと、アンジールは思った。
集合場所には、指定された時間の15分前に着いた。
少し、早すぎたかとも思ったが、同行する一般兵3名は先に来ていて、ヘルメットで顔が見えなくても緊張しているのが判る。
『英雄セフィロス』に会えるというのは、それほど稀有な事なのだ。
ソルジャーになったばかりの頃、本社ビルのどこにもセフィロスの姿が見えないことに、アンジールもジェネシスも少なからず落胆していた。
ソルジャー専用の控え室、トレーニングルーム、食堂。そのどこにも、セフィロスは姿を現さなかった。
先輩ソルジャーに訊くと、セフィロスは普段は自分の執務室に篭もっていて、任務の時にしか出て来ないのだと言う。
同じ任務にでも就かない限り、セフィロスと顔を会わせる機会は滅多に無いし、セフィロスは自分の眼鏡に適った者しか同行を許さない__
その話を聞いた時、実は『英雄セフィロス』というのは神羅カンパニーが作り出した架空の偶像で、実在などしないのではないかとアンジールは思った。
だがジェネシスは、それならば必ずセフィロスの指名を受けられるようになってみせると息巻き、文字通り身命を賭してここまでのしあがって来た。
入隊から1年数ヶ月での1st昇進は前代未聞であり、それだけにセフィロスの関心を引くのに充分な筈だ。
そして今日やっと、英雄にまみえる機会が来たのだ。

アンジールは壁の時計を見遣った。
さっきから何度時計を見ているか、自分でも判らない。
待つ時間がこれほど緊張を高めるのだと、初めて知った。
視界の端で盗み見ると、ジェネシスはずっと入り口の扉を見つめたままだ。
ジェネシスをよく知らない者が見たら冷静そのものに感じられるだろうが、実際には期待と不安で一杯になっているのだと、アンジールには判る。

時間きっかりに、独特の機械音と共に扉が開く。
そして、『英雄セフィロス』が姿を現した。
ほっそりした輪郭。
すっと鼻筋の通った貴族的な鼻。
形の整った薄い唇。
シャープな顎のライン。
そして、魔晄と同じ色をした瞳__
雑誌の写真で見たのと同じ、嫌、それ以上の美貌だ。
アンジールはごくり、と唾を飲み込み、ジェネシスは瞬きもせずにセフィロスを見つめた。
セフィロスはまっすぐにこちらに歩み寄り、カチッと踵を合わせて直立不動の姿勢を取った一般兵たちを瞥見してから、1stの2人に向き直った。

眼が合った瞬間、ざわりと背筋が粟立つのをアンジールは感じた。
セフィロスの瞳孔は猫のそれのように細く、こちらを見据える眼差しは氷のように冷たい。

「ア…アンジール。アンジール・ヒューレーだ__よろしく」
何か言わなければと思い、咄嗟に名乗って右手を差し出した。
セフィロスはそれを、冷ややかに見下ろす。
「自己紹介の必要は無い。お前たちのファイルには眼を通した」
それだけ言うと、セフィロスは踵を返した。
握手を拒否されたアンジールの右手は、行き場を失って宙に浮く。
ジェネシスの怒りを、アンジールは感じた。
この幼馴染殿はアンジールには平気で煮え湯を飲ませるような真似をするクセに、アンジールが他の誰かに傷つけられたり貶められたりするのは、絶対に赦せないのだ。
「おい、待__」
が、セフィロスを呼び止めようとしたジェネシスは、そのまま言葉を飲み込んだ。
セフィロスが扉の外に姿を消すのを見送ってから、忌々しげに整った眉を顰める。
「…ジンジャー・リリー」
「……ジェネシス?」
口の中で呟くように言ったジェネシスに、アンジールは訊き返した。
「どうやら英雄殿はたった今まで女と逢瀬を楽しんでおられたようだ。任務前だと言うのに、流石に余裕だな」
「…ジェネシス…」

どうしてそんな事が判るんだと訊きたい気持ちを抑えて、アンジールは窘めるように幼馴染の名を呼んだ。
これから任務だと言うのに、一般兵達の前でその手の話題は好ましくない。
ジェネシスの言葉に、兵たちは気まずそうに身じろいだ。

「行くぞ。英雄殿をお待たせするな」
神羅兵にそう言うと、ジェネシスは足早に歩き出した。
その態度にも棘のある口調にも憤りが滲み出ている。
セフィロスがアンジールの握手を無視したこと、今しがたまで女と一緒だった(らしい)事__その全てが、ジェネシスの神経を逆なでしたのだ。
何年も待ち望んだ出会いがこんな形で終わってしまった事を、アンジールは酷く残念に思った。
ジェネシスの為と、そして自分自身の為に。
機嫌を損ねたジェネシスがアンジールに八つ当たりするのは、眼に見えている。
吐きかけた溜息を噛み殺して、アンジールは幼馴染の後を追った。








DFFポーションのセフィ(スコールと一緒の方)が可愛くてびっくりです。
セフィ独特のこの世の者ならざる感じとか怖さとかが無くて、最初はセフィらしくないかな、と思いましたが、15,6の頃はあんなだったんじゃないかと思ったら非情に萌えました。
アンジェネと最初に出会ったのがその頃なんじゃないかと思ったら、更に萌えました(//▽//)
と、言うわけでうちの16歳セフィは、あのイメージです。

ジェネシスが女云々と言っているのは、セフィロスからジンジャー・リリーの香がしたからです。
その正体は皆様ご存知のアレですが、ジェネシスはまだ知りません。
誤解が解けるのは、アンジェネがもう少し、セフィと親しくなってからです。
皆まだ16歳なので、アンジールはヒゲを生やしていないし、ジェネシスもまだ私服ではなく、アンジーと同じ制服を着ています。
セフィは既にあのカッコですが。


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