星の見る夢


「…ウド、クラウドったら…!」
自分の名を呼ぶ声に気づいて、クラウドは視線を上げた。
幼馴染の、半ば苛立たしげな、半ば心配そうな顔がそこにある。
「何度も呼んだのに__どうしたの?」
「__夢を…見たんだ」
何でもないと言うべきか、放っておいてくれと言うべきか迷った末に、クラウドは言った。
そして、言ってしまった事を後悔する。
「……夢?」
訊き返したティファから、クラウドは視線を逸らせた。
「長い……永い夢だ。まるで…永遠に続くかと思われるほどの」
一つ、深く息を吸ってから、クラウドは改めてティファに向き直った。
誰にも話したくは無かった。
けれども、誰かに話さなければ、おかしくなってしまいそうだ。
「夢を……見たんだ」
もう一度、クラウドは言った。






「ガストはかせ…!」
ぱたぱたと軽い足音と共に駆け寄ってくる幼子を、ガストは目を細めて見つめた。
走るたびに、さらさらと銀色の髪が揺れる。
「走ったらダメだよ、セフィロス。転んだらどうする?」
両手を広げ、ガストは幼いセフィロスを抱き上げた。
「少し、重くなったかな…?」
「ガストはかせ。また本をよんで」
「良いとも。今日は何のお話が良いかな」
セフィロスを抱いて歩き始めたガストの前に立ちはだかったのは、宝条だ。
相変わらず、苦虫を噛み潰したような表情(かお)をしている。
「セフィロスには構わんで頂きたいと、申し上げた筈だが?」
セフィロスは宝条を恐れるように、ガストにしがみつく。
「私は、君の邪魔をする積りは無いよ」
「ならば、魔晄炉の使用許可を__」
宝条君、と、ガストは相手の言葉を遮った。
「セフィロスはまだ3歳なんだ。魔晄を浴びせる実験など、とても許可できない」
「まだ3歳だからこそ、魔晄を浴びせる価値があるんだ。時期を逸しては、取り返しのつかない事になるかも知れない」
「これ以上の独断は、私が許さない」
毅然とした口調で、ガストは言った。

彼が調査の為、研究所を離れていた僅か二ヵ月の間に、助手の宝条とホランダーが暴挙に出た。
2000年前の地層から仮死状態で発見された古代種ジェノバ。
その細胞を使って、人体実験を行なったのだ。
3人の女性の胎内で新たな生命が育ちつつある事をガストが知ったのは、もはや取り返しがつかなくなってからだった。
金目当てで実験に協力した女性__ホランダーがどこかから連れて来た__は、後にジェネシスと名づけられる男の子を産み落としたが、出産時の出血が酷くそのまま死亡。
子供は神羅カンパニーの手で、いずこかに里子に出された。
ガストの助手の1人であったジリアンは産後、半年ほどして息子のアンジールと共に研究所から姿を消し、今どこでどうしているのかガストは知らない。
そして同じくガストの助手であったルクレツィアは、今、ガストが抱いているセフィロスを産み、すぐに失踪した。
それだけの恐ろしい犠牲を払っておきながら、ジェノバプロジェクトは未だに何の成果も生み出してはいない。
そしてそれは、宝条の苛立ちの原因となっていた。

「…では、どうすると?もう3歳にもなって大分、言葉も覚えたのに、未だにセフィロスは『星の声』を聞く事が出来ない。このまま何の対策も講じずに、いつまで待つ積りだ?」
「焦りは禁物だよ、宝条君」
努めて穏やかな口調で、ガストは言った。
「時間をかければ、イファルナも心を開いてくれるだろう。それからセフィロスに引き合わせれば、きっと道は開ける」
「あの娘が本当に古代種かどうかもはっきりしないのに…か?仮死状態とは言え、古代種と判別されたジェノバの方が、よほど価値がある」
ガストは、溜息を吐いた。
「その話は、後にしよう。子供の前で話題にすべき事じゃない」
いずれにしろセフィロスに魔晄を浴びせる実験など絶対に許可できない__それだけ言い置いて、ガストは歩み去った。



「……ねえ、はかせ。まこうって、なに?」
自室に戻り、ベッドに座るとセフィロスはガストに訪ねた。
「きちんと説明するのは難しいが……そうだな。星の生命、と言って良いだろう」
「ほしの、いのち?」
きょとんと小首を傾げたセフィロスに、ガストは微笑んだ。
「セフィロスがもう少し大きくなったら…きっと、誰にも説明されなくても判るようになるだろう」
セフィロスは、不思議そうに何度か瞬いた。

ライフストリームと同じ色をした瞳を、ガストは感慨深い思いで見つめる。
イファルナも、同じ色の瞳をしている。
それは、星を護り星と共に生きてきた古代種の証であるように、ガストには思えた。
まだ科学的に証明された訳では無いが、イファルナもセフィロスも、いずれこの星を救う力になるのだと、ガストは信じていた。
それは科学者としての確信と言うより、むしろ信仰に近い敬虔な気持ちだった。
人類はその繁栄と引き換えに、星を搾取して来た。
それは増えすぎた人口を養うために必要不可欠であったとは言え、人類の歴史よりも遥かに永い時間をかけて培われた星の生命を奪う行いでもあった。
今、人類はそれを償うべき時に来ている。
ガストはそれを、自らの知識と能力の全てをつぎ込んで為すべき天命だと心得ていた。
彼がその想いを強く抱くようになったのは、皮肉にも__或いは、当然の結果なのかも知れないが__星を搾取する事で人類の繁栄を確たるものにした神羅カンパニーの、研究者となってからだった。

「ジェノバって、なに?」
再び、セフィロスは訊いた。
ガストは、一瞬、言葉に詰まる。
セフィロスは宝条とルクレツィアに由来する受精細胞に、ジェノバの細胞を埋め込んで誕生した。
つまり、人類と古代種のキメラだ。
その意味で、セフィロスはルクレツィアとジェノバ、2人の母を持つ事になる。
改めて、ガストはセフィロスを見た。
しなやかで滑らかな銀色の髪。
切れ長の大きな眼。
透けるように白い肌。
少なくとも外見上は、セフィロスは誰よりもジェノバの遺伝子の影響を強く受けている。
「……ジェノバは、君のお母さんだよ」
「お母さん?僕にも、お母さんがいるの?」
訊き返され、ガストは言った事を後悔した。

セフィロスに取って、『お父さん』だの『お母さん』だのは、寝物語にガストが読み聞かせる童話の中だけで存在するものだったのだ。
強く逞しい父親と、美しく優しい母親。
全ての子供が一度は思い描くような理想を、セフィロスも夢見た事はある。
ただそれは自分には手の届かないものなのだと、恋焦がれる前に諦めていた。
童話の中では、生きてゆけないから。

「お母さんは、どこにいるの?」
「それは……」
ガストは、再び口篭もった。
ジェノバは仮死状態、すなわち、生体反応はある。
だが、蘇生の試みはことごとく失敗した。
だからこそ、ジェノバの細胞を利用して古代種の能力を持った人間を誕生させる試みを、ガストは模索したのだ。
だが、母体と胎児を犠牲にする実験を実際に行なう事は、ガストには出来なかった。
自分の留守中にそれが行なわれてしまった事を知った時、ガストは人体実験の方法をまとめた資料を破棄しておかなかった事を後悔した。
そしてせめて、残されたセフィロスだけは守ろうと心に決めたのだ。

「……君のお母さんは、星に還ったんだよ」
静かに、ガストは言った。
「生きとし生けるもの全ては星から生まれ、星に還る。それが、星の摂理だ」
判るかい?__ガストの言葉に、セフィロスは首を横に振る。
ガストは微笑んだ。
「今は判らなくて良い。実を言うと私にもジェノバが__君のお母さんが__どうしてあんなにも長い時を眠ったままで過ごして来れたのか、それは判っていない」
ただ、とガストは続ける。
「私は信じているんだよ。君のお母さんが、この星を守るために生き延び続けたのだと。そして、君はその大切な役割を受け継ぎ果たすために生まれた、特別な存在なのだ、と」
「とくべつな、そんざい…」
鸚鵡返しに、セフィロスは言った。
ガストの言葉は、幼いセフィロスには理解できない。
ガストは、もう一度、微笑んだ。
「今はまだ、判らなくて良い。焦る必要も無い。来るべき時が来れば、全ては明らかになるだろう」
そして、と、ガストは続けた。
「その時に、君はきっとお母さんに会えるだろう」
セフィロスはガストを見、何度か瞬いた。
訊きたい事は沢山ある。
けれども、今は、眠い。
本当はお話を読んで貰いたかったと思いながら、ベッドにもぐりこむ。
お話の続きはまた、あした。
あしたになったら、お母さんの事ももっとたくさん、話してもらおう……

安らかな寝息を立てて眠りにつく幼いセフィロスを、ガストは静かに見守った。
その記憶が、後にどれほどの痛みを伴う事になるのか__
その時の彼には、予想だに出来なかった。








これ以降の話はすべてクラウドの見た夢、という設定です。
公式設定ではセフィロスは(ジェネシスも)「母胎内にいた時にジェノバ細胞を埋め込まれた」となっていますが、母胎内にいる胎児に細胞埋め込むなんて、技術的に物凄〜く難しそうだし、宝条とルクレツィアの微妙な関係からしても人工授精の方が自然かな…と思って捏造してみました。
セフィロスが(遺伝子的に)元々人間では無く、人間とジェノバのキメラ(同一個体内に異なった遺伝情報を持つ細胞が混じっている状態)である、というのが、ニブルヘイムでの豹変を解明する私なりの解釈につながっています。


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