「手伝うよ」
夕食が済んだ後、一緒に流しに食器を運んで、オラクルは言った。
「俺がやるから座ってろよ」
「だって作るのも全部、オラトリオがやってくれたのに」
そう言ったオラクルの頬を、オラトリオは軽く突ついた。
「酔ってるだろ、お前。グラス、割るぞ?」
「__お前が飲ませるから…」
自覚出来るほど上気している頬に触れて、オラクルは恨めしそうに言った。酔いに羞恥心が加わったのか、白い頬が更に赤らむ。瞳が、幽かに潤んでいる。
「お前、酔うと色っぽいからな」
「……馬鹿」
言うなり踵を返し、オラクルはリビングに戻った。今日は、オラクルのマンションに、オラトリオと二人きりだ。
 飲み干してしまったワインのボトルを手にとり、ラベルに目をやる。オラトリオが買って来るのは大概、ドイツワインだ。よく見かけるような甘いタイプの物は避けるが、それでも繊細で果実味があり、酒に慣れていない者でも飲み易い。
 つまり、酔わせ易い酒という訳だ。
 ボトルをテーブルに戻し、オラトリオが買って来た薔薇の花びらに軽く触れる。

早めのクリスマスを過ごそうぜ

 そう、オラトリオが言い出したのは昨日の事だ。去年も一昨年も、クリスマスを二人きりで過ごす事は出来なかった。ちびやシグナルが家でパーティをしたがるし、オラクルはカシオペア家に呼ばれたりして、なかなか二人きりにはなれない。だから早めのクリスマスを、と。
 それは良いのだが、オラトリオが言い出したのが急だったので、オラクルの方は何も用意していなかった。オラトリオが買い物に行き、夕食の支度をしている間にも、イラストの仕上げをしていた程だ。
 それでも、明日の朝まではオラトリオを独占できる__そう思うとオラクルは、身体の奥の熱が増すように感じた。

 後片付けを済ませ、戻って来たオラトリオはオラクルの隣に腰を降ろした。
「今日、何とかお前の都合がついて、良かったぜ」
「何か今日でなくちゃいけない理由でもあるのか?」
「Dozen Roses Day」
軽く笑って、オラトリオは言った。
「12月12日__今日は、大切な人に1ダースの薔薇を贈る日なんだそうだ」
オラクルはクリスタルの花瓶に活けた紅い薔薇を見遣った。そして、12本あるのを数える。
「…余り聞かない話だけど。でも…しい」
「でも、何なんだ?」
語尾を曖昧にぼかしたオラクルに、オラトリオが聞いた。僅かに身体を傾け、オラクルとの距離を狭める。
「それならそれで、前もって言ってくれれば良かったじゃ無いか。私も何か用意したのに」
わざと拗ねたように視線を逸らして、オラクルは言った。お互いへのクリスマス・プレゼントはイブまで取っておく事にしたが、ワインも薔薇も料理も、全てオラトリオが準備した物だ。
「今からでも遅くないぜ?」
オラクルの顔を覗き込むようにして、オラトリオは言った。それ程、近くにいても、煙草の匂いがしない。そして、オラトリオが食後の煙草を我慢する理由は、かなり判り易い。
 オラクルは、くすりと微笑った。そして、オラトリオの形の良い唇に、軽く触れるだけのキスを落とす。
「…あと、11回」
「__え?」
間近に自分を見つめる恋人に、オラトリオは悪戯っぽく笑った。
「1ダースの薔薇のお返しに、1ダースのキスを」
「…バースディ・ケーキの蝋燭じゃあるまいに」
言いながら、オラクルはオラトリオの頬にキスした。次は耳朶に。
「どういう喩えなんだ、それ」
「オラトリオって、妙に子供っぽいところがあるんだから」
くすくすと笑いながら、オラクルはキスを続けた。額に、こめかみに、閉じた瞼に。
「そこが可愛い__だろ?」
「…馬鹿…」
顎に、そして首筋に口づけてから、オラクルは困ったように、相手を見た。
「話し掛けるから、数が判らなくなったじゃないか」
半ば拗ねたような、同時に甘えるような口調。潤んだ瞳。眼の焦点が合っていない。かなり酔いが回って来たらしい。
「__うわ…」
不意に抱き上げられ、オラクルは思わずオラトリオにしがみついた。
「そんじゃ、最初からやり直し。お返しのお返しも含めて…な」
オラクルの唇が何か言いたげに動いた。が、すぐにそれは優しい微笑に変わった。



大切な人に、1ダースの薔薇を
愛する人に、1ダースのくちづけを






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