バノーラ・ホワイト
(3)
「なってみせるさ、当然。俺は最初からそれを目指しているんだ」
憤りの収まらぬまま、ジェネシスは言った。
「済まなかったな。俺のせいで、不愉快な思いをさせた」
「だからお前が悪いんじゃない。全てはあのセフィロスが__」
途中で、ジェネシスは口を噤んだ。
ブリーフィング・ルームを出た廊下の端に、セフィロスがいたのだ。
腕を組み、俯き加減で立っている。
二人に気づくと、顔を上げた。
「…言い過ぎた」
まだ何か非難の言葉でも言われるのかと気構えた時、そう、セフィロスは言った。
「お前達が足手まといだと、本気で思っている訳じゃない」
「……いや、俺の方こそ悪かった。重要な任務なのに、私情を差し挟んで」
アンジールは素直に謝ったが、ジェネシスはまだ怒りが収まらずにいた。
そしてそのジェネシスの憤りを、アンジールは感じ取っていた。
ジェネシスはとてもプライドが高いので、侮辱される事に耐えられないのだ。
「俺の父親は、最低の人間なんだそうだ。どこの誰で、生きているのか死んだのか、気にかける価値も無い程の」
視線を落とし、セフィロスは言った。
長い睫が、セフィロスの白皙の美貌に翳を落とす。
「だから俺は父親の事は気にかけた事も無かったが…普通はそういうものではないのだろう?」
「そ…れは、何とも言い切れないだろう」
「言い切れない?」
思わず言ったアンジールに、セフィロスは鸚鵡返しに訊き返した。
「何が普通で何が普通でないかなんて、誰かが勝手に決められるもんじゃない。百組の親子がいたら、親子のありようだって百通りあるだろう」
「……そういうものか?」
幾分か不思議そうに、セフィロスは訊いた。
「俺は、そう思う」
「…そうか」
幽かに口の端を上げて、セフィロスは言った。
そして、明日は予定通りだと言って、踵を返した。
「…本当に大丈夫か、アンジール?」
セフィロスの姿が視界から消えると、そう、ジェネシスは訊いた。
ああ、と、アンジールは答える。
「急な事だからショックだったが、親父は俺がソルジャーになった事を誇りに思ってくれてたんだ。ここで任務を休むなんてしたら、親父を悲しませる事になる」
「ジリアンには…?」
時間をかけて、判ってもらうさ、と、アンジールは答えた。
それより、と、アンジールは続ける。
「お前の怒りは鎮まったようだな」
ジェネシスは、今しがたまでセフィロスが立っていた床を見つめる。
「…セフィロスはその名を知らぬ者もいないほどの英雄だ。国中の少年達が、セフィロスに憧れている。だが、セフィロスを理解している者が、一体どれくらいいるんだ?」
「確かに…記事には個人的なことは何も書いてないしな。それに、普段は執務室に篭り切りだ」
本人が話したがらないんじゃ…とぼやいたアンジールに、ジェネシスは向き直った。
「それは訊き方が悪いからだろう。例えば両親の事とか、何も知らない奴に不躾に訊かれたら、不愉快になるに決まっている」
ジェネシスの言葉を、アンジールは幾分、意外に思った。
が、すぐに意外でも何でもないのだと思い直す。
ジェネシスがセフィロスに足手まといだと言われて憤ったのは、憧れているセフィロスにきつい言い方をされて、それだけ傷ついたからだ。
ジェネシスがセフィロスに対して怒るのも同情的な言葉を口にするのも、結局はセフィロスに憧れているからなのだ。
「誰もがセフィロスを遠巻きに眺めて賞賛するだけで、理解しようとはしない。ソルジャー統括でさえ、あんな腫れ物に触るような態度だ」
だから俺は、と、ジェネシスは続けた。
「セフィロスの崇拝者の一人ではなく、セフィロスの理解者になりたい」
熱っぽく語るジェネシスは、4年前から変わっていないと、アンジールは思った。
セフィロスに憧れ、英雄を目指すのだと言ったあの時と。
「俺は英雄になるぞ、アンジール」
「…いきなり大きく出たな」
軽く笑って、アンジールは言った。
「いきなりじゃない。もうずっと、心に決めていた」
確かに今はまだセフィロスとの差は圧倒的だし、すぐに追いつけるような低い山だとも思っていない。だが、と、ジェネシスは続けた。
「俺は必ず英雄になる。セフィロスを理解できるだけの高みに、必ず昇りつめる。そしてその時にこそ__」
手塩にかけて育てたバノーラ・ホワイトをセフィロスに贈るのだと、ジェネシスは自らに言い聞かせるように、心中で呟いた。
「セフィロスを理解していた人間なんて、本当にいたんだろうか」
「…クラウド」
昏(くら)い目をして言う幼馴染に、ティファは不安を覚えた。
「セフィロスはその名を知らぬ者もいないほどの英雄で、国中の少年達がセフィロスに憧れていた。俺も、ザックスもそうだった。だけど皆、記事に書かれたセフィロスの偶像に憧れていただけで……」
「セフィロスは、冷たい人だったわよ」
クラウドの言葉を遮るようにして、ティファは言った。
「吊り橋が落ちて兵士が一人行方不明になったけど、時間が無いからって探しもしなかったもの」
「セフィロスでなくても、指揮官なら同じ判断を下しただろう」
それが軍隊ってものだ、と、クラウドは言った。
「だとしても…もう全部、済んだ事じゃない。クラウドはもう、ソルジャーじゃないし__」
「俺は、最初からソルジャーじゃ、なかった。ソルジャーには、なれなかったんだ」
不安が募るのを、ティファは抑えられなかった。
クラウドはこのところずっと、セフィロスの夢を見るのだと言う。
滅んだはずのセフィロスが、再びクラウドの心を支配しようとしているのだろうか……?
「ねえ、クラウド。セフィロスはこの星を滅ぼそうとしていたのよ?だから私達が、それを止めた。そしてそれは、エアリスの願いでもあったじゃない」
クラウドはティファを見、すぐにまた視線を逸らせた。
「…俺はセフィロスに操られて、セフィロスに黒マテリアを渡してしまった」
「それはクラウドが悪いんじゃないわよ。ただ操られていただけで__」
「あの時のセフィロスも、ジェノバに操られていただけかも知れない」
クラウドの言葉に、ティファは口を噤む。
「セフィロスに操られて黒マテリアを渡してしまった俺を、ティファもエアリスも責めなかった。魔晄中毒になって足手まといだった俺を、ザックスはずっと守ってくれた」
だけど…と、呻くようにクラウドは続けた。
「セフィロスが神羅屋敷の地下で苦しんでいた時、側には誰もいなかった。様子がおかしいのは判っていたのに、一人にしてくれと言われて、それ以上、何も出来なかったんだ」
誰も、セフィロスの事を理解していなかったから
「誰もがセフィロスを遠巻きに眺めて賞賛するだけで、理解しようとはしなかった。俺はセフィロスを尊敬していた。でも、理解はしていなかった」
ティファは口を噤んだまま、クラウドの横顔を見つめた。
セフィロスは、もう一度、クラウドを操ろうとしているのだろうか?
夢という形でクラウドの心を侵食し、今度こそクラウドを手に入れようとしているのだろうか?
そしてクラウドは、セフィロスの意のままに動く操り人形になってしまうのだろうか……?
「…止められた、と思うの?」
そう、ティファは訊いた。
「もしもクラウドがセフィロスを理解できていたら。あの恐ろしい悲劇の全てを、止められたと思うの?」
「止められたかどうかなんて判らない。だけど__」
止めたかった、と、クラウドは言った。
「止めたじゃないの。全部は無理だったけど、星が滅んでしまう事は止められた」
「セフィロスを殺さずに止めたかったんだ…!」
いきなり声を荒げたクラウドに、ティファは言葉を失った。
「俺のした事はただ…人間のセフィロスを殺して、その身体をジェノバにくれてやってしまっただけなのかも知れない……」
クラウドは暫く俯いたまま、口を噤んでいた。
やがて、口を開く。
「セフィロスを殺さずに止めたかった。俺はセフィロスを尊敬していたし__」
憧れていたんだ……
背筋が寒くなるのを、ティファは覚えた。
セフィロスはクラウドの心の中で、まだ『生きて』いるのだ。
生まれた時からずっと研究所に軟禁状態だった上に育てたのが宝条なので、セフィロスは人付き合いがとっても苦手です。
団体行動はもっと苦手なので、神羅軍の部隊を同行させるのが嫌いです。
別の理由もあってセフィに神羅軍の部隊を同行させる事は滅多に無いのですが、この時は作戦の必要上、止むを得ず、です。
この後、アンジェネとの付き合いを通してセフィは大人になってゆく訳ですが、この頃はまだ、何かあるとすぐ不機嫌になっちゃいます。
セフィの父親が「最低の人間だ」とセフィに言ったのは、他ならぬ宝条です。
正確には「父親としては最低」と言ったんですね。だから父親の事なんか知りたがるな、と。
この当時のソルジャー統括はラザードの前任くらいですね。
「統括」の肩書きは付いていても、他の統括ほどの権限はありません。
どう見てもセフィの方が実権が上。
セフィに振り回された可愛そうな人です(笑)
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