Anniversary
(6)
「一時はどうなる事かと心配したが、雨降って地、固まるとはこの事だな。これでやっと、安心して眠れる」
淹れ直したお茶で友情に乾杯し、ジェネシスが言った。
「そんなに心配だったのか…?」
幾分か不思議そうに、セフィロスが訊く。
アンジールは軽く笑った。
「意地っ張りだからそうは見えないように振舞ってるが、ジェネシスは実は結構、繊細な奴なんだ。それにお前にえらく心酔しているからな。片思いしている女の子みたいに、相手のちょっとした言葉や表情が気になって仕方ないんだ」
「お前だって、自分がセフィロスに推薦されたんじゃ無かったって判って、ヤケ酒飲んで俺に八つ当たりする位に落ち込んでた癖に」
むっとした表情で、ジェネシスが言い返す。
「だからあれは八つ当たりじゃ無いと――」
「どうしてそんな事で落ち込むんだ?1stになれれば、誰が推薦しても同じだろう?」
セフィロスの言葉に、「全然違う」と、ジェネシス。
「あんたは自分の価値が判っていないんだ。『英雄セフィロス』に実力を認められるのがソルジャーに取ってどれ程の名誉か、少しは自覚すべきだ」
「…そうなのか?」
「そうだ」
ジェネシスの言葉に、セフィロスはアンジールに視線を向けた。
「だったら、お前も俺が推薦してやれば良かったな」
「嫌……そう言ってくれるのは嬉しいが、あの時点でお前が実力を認めたのは、ジェネシスだけだったんだろう?」
「俺はただ、頼まれたから」
アンジールの言葉に、セフィロスは言った。
思わず、アンジールとジェネシスは眉を顰める。
「頼まれたって…誰に?」
「アンジールを1stに推薦したソルジャーに。『アンジールとジェネシスの二人とも推薦したいが、ジェネシスは傲慢で協調性が無いから、自分が推薦しても反対が多くて通らないだろう』って」
ピクリとジェネシスの口元が引きつるのを、アンジールは視界の端で見た。
引きつったのは極、一瞬で、今は極上の笑みへと変わっている。
そしてジェネシスが極上の笑みを浮かべるのは、何かを企んでいる時か、自分が傷ついているのを隠そうとする時なのだと、アンジールは知っていた。
「つまり…1stになった時点では、俺もアンジールもあんたには認められていなかった、という訳か。だから……」
セフィロスがスーパバイザになったにも拘らず何週間も会って貰えず、最初に任務に同行した時、ヘリの中で無視されたのだと、ジェネシスは思った。
「まさか」と、セフィロスは首を横に振る。
「お前たちの任務報告には全て、眼を通した。頼まれたからと言って、自分で認めていなければ推薦なんかしない。お前たちの二人とも、1stに充分な実力があると判断したし、そうでなければあんな危険な任務に同行させない」
アンジールとジェネシスは、顔を見合わせた。
そして、苦笑する。
「そういう事だったんなら…正直に言って、俺もお前に推薦して欲しかったな。今更、言っても仕方ないが」
「だが…だったらどうしてソルジャー統括は、俺たち二人ともセフィロスに推薦されたと言ったんだ?」
「…さあ」
ジェネシスの疑問に、セフィロスは幽かに首を傾げる。
「多分…」と、アンジールは言った。
「お前一人がセフィロスに推薦されたとなったら、お前がますます増長して傲慢になると、統括は考えたんじゃないのか?」
「…はっきり言ってくれるな、相棒。だが……まあ、否定はしない」
言って、ジェネシスは軽く溜息を吐いた。
「バチが当たったな…。俺だけがセフィロスに推薦されたんだと知った時、アンジールが傷ついているのに、それでも嬉しかった――お前には、悪いがな」
「別に良いさ。あの時、お前が俺に表情を見せまいとして背を向けたのは判ってたからな」
「……お前、結構、やな奴だな」
「お前ほどじゃない」
言って、アンジールは笑った。
つられるように、ジェネシスも笑う。
その二人を、セフィロスは不思議そうに見た。
「そうやって貶しあうのも、友人だからなのか?」
「その通りだ」
「あんたは真似しなくて良い」
セフィロスの問いに、殆ど同時にアンジールとジェネシスが答える。
「…どっちなんだ?」
幾分か困惑したように、セフィロスは訊いた。
「あんたはあんただ。自分を変える必要なんて無い。アンジールの言った事は忘れてくれ」
「俺はセフィロスに自分を変えろなんて言ってない。ただ、ちょっとした言い回しのせいで周りから誤解されるのは勿体無いって言いたいだけだ」
「俺たちはセフィロスを理解しているんだ。他の連中なんて、どうだって良い」
「お前はセフィロスを独り占めしたいだけだろう?だがセフィロスに憧れているのは、お前だけじゃないんだ。他の連中だって、セフィロスを理解したい筈だ」
それに何より、と、ジェネシスが口を開こうとしたのを遮って、アンジールは言った。
「俺はセフィロスに、もっと笑ったり怒ったり、自分の感情に素直に生きて欲しいんだ。英雄には保つべき威厳があるんだろうが、少なくとも俺たちの前ではもっと……」
途中で、アンジールは口を噤んだ。
それから、改めてセフィロスに向き直る。
「上手く言えないが…とに角、お前が俺たちと一緒にいる時には、他の誰かといる時より気が楽だったり、楽しかったり…。お互い、そんな関係でありたいと思う」
セフィロスは、すぐには何も言わなかった。
ジェネシスは、リビングテーブルの上に置かれたままのスクラップブックを手に取る。
「知ってたか?あんたは雑誌や新聞の写真では、一度も笑っていないんだ」
言って、スクラップブックの表紙を、愛しそうに撫でる。
「バノーラにいた頃、俺はそんなあんたに憧れていた。どんな状況であろうと臆する事無く冷静で、血溜まりの中に立っていても凛としているあんたに、身震いするほど、憧れた」
だけど、と、ジェネシスは続けた。
「今の俺は、あの頃の自分が子供だったって判るくらいには経験を積んだ。そして、無表情のあんたよりは、笑っているあんたを見たいと思うようになった。たとえ怒っていたとしても、無表情でいるよりは、ずっと良い」
セフィロスは、暫く何も言わなかった。
それから、口を開く。
「今日は、お前たちが初めて雑誌の記事で俺を見つけた日だって言っていたな。だから、俺に取っては何の意味も無いかもしれない…と」
だが、と、セフィロスは続けた。
「お前たちが俺を見つけてくれなければ、俺はお前たちに会えなかった。だから…今日は俺に取っても、大切な記念日だ」
言って、セフィロスは穏やかに微笑った。
――Epilogue
化学技術部門第一研究所第三実験室。
人気の無い薄暗いその部屋で、セフィロスは一つの実験用ポッドに歩み寄った。
ゆっくりと手を伸ばし、ガラスに触れる。
ホルマリンで満たされたポッドの中には、大型の猿に似た『モンスター』の姿があった。
「またここに来ていたのかね」
「今日は落ち込んでいる訳じゃない。宝条に、用があって来た」
背後から声を掛けた宝条を瞥見して、セフィロスは言った。
「ほう…。私に、何の用だね?」
「アルを、葬って欲しい」
ポッドの中に視線を戻し、セフィロスは言った。
「アルは俺の友人であって、実験サンプルなんかじゃない。いつまでもこんな姿でいさせるのは可哀想だ」
セフィロスの言葉に、宝条は薄暗い部屋の隅を見遣った。
ずらりと並んだガラス瓶の中には、ホルマリン漬けの実験動物の屍体がある。
「だが、埋葬すればバクテリアに分解され、土塊になってしまう。それでも、構わないのかね?」
「…俺はアルが死んでしまった時、もう、アルに会えなくなるのが寂しかったから、こうする事を望んだんだ。だが俺が生きるのは未来であって、過去じゃない。思い出に縋る必要は無い」
それに、と、セフィロスは続ける。
「アルの身体が無くなっても、アルとの思い出は無くならない」
宝条は黙って、眼鏡の位置を正した。
「……良かろう。どこか良い場所を選んで立派な墓を作るよう、手配する」
宝条の言葉に、セフィロスは幾分か名残惜しそうな表情で、ポッドの中を見つめた。
冷たいガラスを愛しそうに撫で、それから、幽かに笑みを浮かべた。
「頼んだぞ」
言って、セフィロスは踵を返した。
そして、確固たる足取りで、部屋の出口へと向かう。
宝条は遠ざかる足音を聞きながら、しなやかな白銀の髪が揺らぐのを見遣っていた。
自動ドアが開き、そして閉まる。
「よりマシな失敗作に乗り換えた…という訳か」
呟くように言って、宝条は嗤った。
Anniversary End
今回の話は3人がまだ10代で、セフィとアンジェネが親しくな
り始めた頃を舞台にしたので、3人の関係は原作以上に微妙で
危ういです。
『硝子の10代』のナイーブさにこそばゆくなりながら書いてお
りましたが、少しでもお楽しみ頂けたなら幸いです。
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